アイドルの殺傷力偏差値(3)
「!!??」
80キロをこえる日比谷が、足払いで倒された。
黒ずくめの曲者は、和希よりも若干小柄だ。
その人物が、その細い足でなんなく日比谷を倒した。
「なっ……」
倒れてしたたかに体を打ちつけた、その日比谷の足にするりと曲者が絡みついた。
日比谷が、悲鳴をあげる。
瞬時に片足を固められて、逃げられなくなっているのだ。
(フットロック…?)
足関節技のひとつだ。相手の片足を両の足で挟みながら、かつ足首から先は手でも固めている
2歩入れば和希の間合い。
おたおたして、とっさに反応できない新橋のかわりに、和希が曲者の頭を狙って蹴る。
「!?」
ピタッ、と足を止める。
(こいつ……!)
和希は足を慌てて引いた。
延びかけた曲者の手が諦めたように止まり、日比谷の足首へと戻る。
距離を取らねば、和希の足まで曲者に取られていたところだった。
「いだッ、だっ、だっ…た、たす、けろッ!」
日比谷は足を固められたまま、じたばたと、暴れる。
けれども逃げられる気配がない。
足関節は未経験だ。どうするか。
と、和希が一瞬迷ったその時、すっと、和希の脇から棒が延びた。
慶史だ。
慶史が、片手を伸ばして持った四尺棒を、曲者にまっすぐ突きつけていた。
「その人を、放して、ください」
フフン、と、曲者は鼻で笑った。
「……惜しいね」
(……?)
曲者の声は思いのほか、高く、声優のようにきれいな声だった。
唯一見える口元が笑っているのはギリギリわかる。
ひょいっ、と。
なんということないように、その黒ずくめの腕が慶史の四尺棒をするりと奪い取った。
日比谷の足を固めたまま。
「フェンシングじゃあるまいし、片手持ちでその体勢なら、奪ってくださいというようなものだよ」
「…………!?」
「躊躇なく顔を突くべきだったね」
くるんくるんと四尺棒を振り回す曲者。
遊ぶような動きだが、慶史よりも遥かに杖術に慣れた棒さばきだ。
先程の足払いに足関節技といい、一体、何者…?
うしろ、遠巻きにしている後輩たちに避難させる指示を、和希が後ろを向きかけたその時。
「冗談、冗談」
妙に高い声で、……それも鈴を転がすような美声で笑いながら、曲者は日比谷の足を解放する。
慌てて這うように、曲者から距離をとる日比谷。
曲者は、四尺棒を置いて、すっと立ち上がる。
黒ずくめの服のせいでわかりにくかったのが、立ち上がるとよくわかる。すらりとした肢体に、膨らみの曲線を描く胸。
ぱっ、と、顔を隠していたフードをのける。
ふぁさぁっ……
と、息を飲むほどに美しく艶めく、栗毛の髪が豊かに肩にこぼれた。
服の上からわかる、体つきだけでも美しい。
流れる髪だけでも、心を一瞬奪われるほどに美しい。
そして、そのこぼれる髪の間から見えた顔と言ったら。
女とわかっていて魂を抜かれそうなほど、美しかった。
麗しかった。綺麗だった。
圧倒的な、オーラだった。
(…………この、人………)
深く深く印象的なボルドーの瞳。知っている。
繊細な細工物のように柔らかく美しい直線の鼻筋。知っている。
ごく自然に甘いピンクをしている唇。知っている。
この唇に、血が垂れた試合を、和希は覚えている。
「イ、…………IoRi選手……!?」
その名を口にできたのは、やはり新橋だった。
東京の試合になんて行けない和希からすれば、画面の向こうでしか見たことのない大スター。
IoRi選手が、目の前にいた。
にこり、と、微笑むと、IoRi選手は、和希の方に、音もなくすすっと寄った。
そして。
「久しぶりだねーー!!
元気してた!? 和希!」
初対面の女は、完全なる女子のテンションで和希の腕に絡みついた。
(……………!?)
和希のみならず。
周囲があっけにとられている。
先程の足を固めていた姿から豹変し、いかにもかわいい女子の態度なのだ。
胸を遠慮なく和希の腕に擦り付けている。
たぶん和希よりも、デカイ。
なるほど、これは集中力を奪われる。。。
その態度があまりにあまりなので、一瞬、自分が忘れてしまった昔の同級生か道場仲間なのか?と和希は思った。
そう、思いかけた。
だが。
脇腹。誰にも見えない位置にチクリと金物の感触がした。
………暗器だ。
なにかはわからないけれど、彼女が隠し持っていやがった。
そしていま、和希の脇腹にそれが突きつけられている。
なるほど、空気を読んで話を合わせろ、ということか。
満面のかわいらしい笑みで和希に話しかけながら、手元でそれをやってのける。
(………この女……)
和希の口元に、思わず笑みが浮かんだ。
「……そうですね。久しぶりです。
最後に会ったのいつでしたっけ?
出稽古のとき?」
あえて、自分が武道関係者だということをこちらから示してみる。
「そうそう!
あのときは一緒にスパーできなくて残念だったぁ」
合わせてきた。
「ま、待って、三条……
この、このお方とも知り合いなの?
どうなってるの格闘女子人脈……」
新橋が切り込んできた。
にっこりと、IoRiが答える。
「ほら、女子格って人数少ないから、お互い仲良くしないとやっていけないとこがあるんです。
だから、道場も流派も違ってもお友達。
ね?和希」
女友達というよりも、べたぼれの彼女が彼氏にしなだれかかるようなポーズを崩さないIoRi。
こちらの名を知っている。どこかで名前を聞いてたのか。
すっげええぇ!と新橋がひとり雄叫びをあげている。
「あ、ごめんね。
とつぜん和希のお友達に足関節技かけちゃって。
和希のお友達なら格闘関係だろうと思って。
最近練習不足だったから、大きい男の人なら怪我しないかな?と思ったから、つい。ごめんなさい」
しゅん、と、いかにもかわいいしおらしい顔をして見せると、脇腹に暗器を突きつけられていることも忘れてしまいそうだ。
……って、いやいや、つい、どころじゃない殺す気で関節技かけていましたけど。あなた。
「いえ!もう!」
「ぜんぜん大丈夫ですので!」
「おきになさらず!」
日比谷と慶史以外の男子が、当事者を放置して一斉にフォローし出した。
今度はまた男子か………と、和希は、ため息をついた。
◇◇◇




