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京都学生格闘譚  作者: 真曽木トウル
第1話 武神を継ぐ少女
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武神を継ぐ少女(4)

◇◇◇



 和希の一回戦はあっけなかった。


 キックボクサーで首相撲(くびずもう)も得意だという男は、気合いをいれて『新影(シンカゲ)』のスポーツウェアに指だしグローブで、和希に対峙(たいじ)した。


 (つか)む気まんまん、掴まれたら厄介(やっかい)だな、と開始時は警戒した。

 が、パンチのカウンターに和希が食らわせた跳び上段後ろ回し蹴りティミョパンデトルリョチャギが、脳天をかすめたら、それであっさり脳を揺らして失神してしまった。

 ダメージを抑えるために極力瞬殺するつもりだったが、準備運動としても短すぎて残念な結果に終わる。



 二回戦が、先ほどの男。


 空手の流派を自ら立ち上げたい、と言う男だった。

 格好は完全にマンガだったし動きは和希から見て遅かったが、ガタイの大きさとパワーは脅威だったので、真正面からの力勝負を避けて、一度で決着をつけにいった。



 ……和希は、縁側で180度開脚ストレッチをしながら、先ほど自分が倒した、袖無し道着の男を見る。

 女に負けたショックなのか、(ほう)けた顔でへたりこんでいるが、こちらも好きで女に産まれたわけじゃないので、勘弁(かんべん)してほしい。


 しかし、人によって闘い方の流儀も変わるものだとは思うが、和希の認識では、実戦なら当然服装の露出は押さえるものだ。

 肌が出ているほど怪我を負いやすいから。

 なぜ、わざわざ、道着の袖を破った。そこはとけない疑問である。



「なに、女だから体柔らかいアピール?」



 脈絡(みゃくらく)もないことを考えながら、胸をぺたんと縁側の板につけて伸ばしていると、嫌味ぶくみな声がどこぞから飛んできた。


 アピール?

 そりゃ、おそらくこの中で一番柔らかいだろうことは事実だ。

 しかし、そんなこと言っているぐらいなら、自分でも柔軟なり準備運動なりしておけばいいのにと思う。

 あるいは曲芸蹴りアピールとか。

 サマーソルトキックでもしたら、たぶん和希以外は拍手喝采(はくしゅかっさい)だ。



「三条和希」



 無視して、ゆっくり体を伸ばしていると、和希のもとに知有がとことこ歩いてきて、ちょこ、と座った。

 この子も意外と正座が綺麗だ。畳に慣れているのかもしれない。



「三条和希は、いつから武道を始めたんだ?」


「……テコンドーは12のとき、ですけど。フルコン空手はその後に」



 一応家主になるかも知れない相手なので、年下と言えど和希は敬語を使うことにする。

 また、敬語のほうがちょっと距離ができるので、こどもが必ずしも得意ではない和希には楽だった。



「そっか。いまの私よりも大きくなってからなのか」



 知有はほっとした顔をした。



「それでも、そんなに強くなれるんだな」



 いまの知有の歳、和希は何か自分のしたいことをさせてもらえるような状態じゃなかった。

 産みの親とは縁を切って久しいけれど、明るい子どもを見ると、ふといたたまれなくなる瞬間がある。

 もちろん、知有のせいではない。

 子どもが明るくて笑顔なのは、いいことなのだ。



「……家主さんは、武道も格闘技も未経験なんですか?」


「ん?なんでわかった?」



 大体わかる。ルール決めも大雑把だし体重の把握もざっくりだ。

 何より、自分が何かやっていたら、普通、その競技なり流派なりから応援する人間を選ぶだろう。



「いままでは、やらせてもらえなかったんだ。

 他の習い事はたくさんやらされて忙しかったぶん、武道も格闘技も、見ることしかできなかった。

 曾祖父が武道家格闘家を支援していた話はずっときいていたけど、私が物心ついたときには、すでに寝たきりだったし。

 この屋敷を私に譲るのは早くから決めていたそうだけど、曾祖父から直接何か話を聞けたわけじゃないんだ」



 なるほど。

 そうすると、曾祖父の死をきっかけに、何か彼女にかけられていた(かせ)がひとつ外れたと見える。

 それに加え、この屋敷を相続したことで、いままでやってみたいと思っていたことをやろうと、こどもなりに決意したのだろうか。



「何か、自分でもやってみたいものはないんですか?」


「うーん………」



 ちょっと、知有は考えて。



「ここで一緒に住んでくれる相手が決まったら、その相手がやっている武道を、朝晩一緒にやってみたいな。

 あ、もちろん、授業料は払うけど」


「なんていうか………」



 和希は股関節を重点的に伸ばす体勢に変えながら苦笑する。

 この子がほしいのは、要は。



「どちらかというと、下宿人というよりも、同居人を探してる感じなんですね。

 だったら、あんな上から物言わなくていいのに」


「え。上から……だったか?」


「まぁ、フォローできる範囲内だとは思います。

 気が合う相手に決まると良いですね」



 そう言って、ふと和希は自分の矛盾に気がついた。

 全員泣かす、と先ほど慶史に宣言したが、相手を全員泣かすということは、自分が全員に勝つということだから、自分が一緒に住む人間になる前提で話さないとおかしいような。


 しかし、自分が、この子どもと一緒に住む?

 この子は何も悪くない。気持ちのいい子だと思う。

 だが、この自分が、子どもと一緒に住むのは果たして大丈夫なのかという気持ちが先に立つ。


 そんなことをとりとめもなく考えていると、庭での試合が決着した。


 ここの勝者は、次に和希と闘う予定だ。


 和希がいずまいを正したその時、屋敷の奥のほうがふと騒がしくなった。



「お待ちください!」

「まだ、試合が……」



と、誰かが誰かを止める声が漏れ聞こえる。

 なんだこれ、と思って声がする、座敷の奥の方へ目をやると、



 がららら!



と荒い音を立てて奥の障子が開かれた。

 入ってきて仁王立ちになったのは、悪鬼のごとき形相になった、40がらみの男だった。



「……お父様」



 ひきつった知有の口から、ぽろりと声がこぼれた。




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