雨の夜には牙をむけ(11)
◇◇◇
「武道家もいろいろあるんだなぁー」
1時間ほどあとのこと。
風呂上がりの和希の髪を、もふもふのタオルでわしわしと拭きながら、上泉邸の主にして和希の家主の知有は、小学生らしからぬことを言った。
「ずぶ濡れで帰ってきたときは驚いた。
遺恨を持った相手に雨の日に襲われるなんて、なんだか時代劇にありそうだなっ」
「私は家主さんのそのノリに驚きますよ」
「え、だって今日は、和希から危ないことしたわけじゃないだろう?」
ひととおり髪を拭き終わったと見たのか、知有はスタンバイしていたドライヤーを和希の髪にあてる。
普段そんなに世話焼きなタイプではないのだが、今日という日の非日常感を感じ取って、ちょっとテンションが上がっているようだ。
一戦終えてきた武道家(?)をねぎらうような気持ちなのか。
そういえば、時々、慶史もこういうときがある。
「そうは言っても。
普通だったら、武器持った不審者が私を狙って家を襲ってきた時点で、私を追い出すでしょう?」
「ああ。この間のことか?」
(※ 第2話「傾城のアドーニス」参照)
知有はそれほど大したことでもない風に言う。
「昔、私のひいおじいさまが武道家を保護していた時も、たびたびあったそうだ。
以前に試合や真剣勝負に負けたという人間が、恨みを晴らしにと、屋敷を襲撃したり、火をかけようとしてきたことが」
「いつの時代ですか。。。」
「時代、というよりも、武道家の業とか、人間の業なんじゃないかな?
自分の強さを証明するために他の人間と闘うとき、勝った方と負けた方が出てくる。
負けた方は、相手より自分が弱い、という事実を突きつけられるわけだ。
その事実を自分の中でうまく落とし込めない人間が、必ずいるんだ。大人のなかにも」
和希自身もおもいあたるところがあって、頷く。
今日の襲撃者たちは武道家でも何でもなかったが、負けた屈辱や悔しさを処理できなかったのだろう。
なら女子新入生に無体を働かなければよいだろう、と言ってもそれが心を鎮めるものではあるまい。
改心しないまでも、人を加害することは『割りに合わない』と感じて、自分かわいさに性犯罪をやめてくれればと考えていた。
だが、もしかしたら、あいつらの誰かとはいずれまたぶつかることになるのかもしれない。
「だから、それ自体は私の想定の範囲内だ。
わざわざ危ないことをするのはダメだけど、襲われたこと自体は、和希は気にするな?
よし。乾いた」
知有がドライヤーのスイッチを切る。
と、ほぼ同時に、和希の腹が鳴った。
「なんだ和希。
夕ご飯を食べそこねたのか?」
「ああ、まぁ………」
「よし。じゃ、台所に行こう。
ごはんも残っているし、おかずも多少はあるぞ。
イワシの梅煮と、手羽元のさっぱり煮と、万願寺トウガラシを炊いたやつと…」
和希の手を手加減なく引っぱって、知有は台所へと走りだした。
上泉邸の長い廊下の先にある、広めのシステムキッチン。
その巨大な冷蔵庫をパカリと開けると、その中から、知有は食べものをあれこれ引っ張り出した。
意外にも、台所のどこに何があるか完璧に把握しているようで、こういうときの知有は、大金持ちのお嬢様にはとても見えない。
「そういえば、和希は、大きいおにぎりが好きだったか?」
「え? ああ、好きです」
いつそんな話をしたのか覚えてもいないのだが、和希は頷いた。
「よーし。
じゃあ、私が作ってやる。丸くてでっかいのを。
具はなにがいい?」
知有がパジャマの袖を腕まくりしながら言うと、和希はちょっと苦笑いで「塩昆布でお願いします」と言った。
◇◇◇
翌朝。
「今朝は起きていらしたんですね」
着替え前に座敷の畳の上でストレッチをしている和希に、また昨日に続いて武道場で一汗かいてきたらしい鈴鹿が声をかける。
「さすがに、毎回後輩に寝起きの醜態さらすのもあれなんで。
今朝は鈴鹿だけ?」
「はい」
「昨日は雨に濡れたけど、風邪引かなかった?」
「はい」
そう言うと鈴鹿は、和希の横に正座した。
「……なに?」
「昨日は失礼しました」
「うしろつけてたこと?」
「……と、お役に立たなかったことをお詫びに」
「いや、そっちはどうでもいい(汗)」
和希はあぐらをかいた。
「あのさ。鈴鹿とは少し事情が違うけど、私もあまり私生活を明かしたくないんだ。もうあとをつけないでくれるかな?」
「……昨日のようなことが、あってもですか?」
「私が誰につけられてても。
悪いけど、荒事は鈴鹿よりはだいぶ慣れてる。
それでも、何か気になることがあるんだったら、電話してくれ。
連絡先は教えるから」
「昨日の連中は、一体……?」
「ほら、あんまり明かしたくないって言ったそばから」
「……すみません。ですが」鈴鹿は食い下がる。「日比谷部長からは、三条さんを守れと」
ああなるほど。鈴鹿がずっとおかしかったのは、部長から言われたその言葉のせいか。
和希は嘆息した。
だから牧ノ瀬トオルにも、警戒して突っかかっていたのか。
わかりにくい。そして面倒くさい。
「だから、あの牧ノ瀬は別に、危険な奴でも迷惑な奴でもないよ」
「本当ですか?」
「うん、まぁ……だから、心配しないでもらえると」和希の携帯が鳴った。電話だ。しかもトオルからだ。随分タイムリーな。
ごめん、と、和希は鈴鹿に言って、電話を取った。
「もしもし、牧ノ瀬どうした?」
『おはよー三条。今日からよろしく』
「昨日はお疲れ様………今日から?」
確かに今日は上泉邸の道場に再びトオルが来る、という約束の日だが。「うちに来る以外に、何かあったっけ?」
「もぅ。約束って言ったじゃん。
これからトレーニングは一緒にする、って」
「……は? いつ?」
言いながら、和希は記憶を手繰った。
トレーニングの話。いつしたか。
『自主トレ、一緒にしよ? って、俺が言ったら、三条が、そうだねーって返事したじゃん。
それで、俺が、明日から一緒にやろう!って念を押して。
昨日のうちにスケジュール、メールで送ってるよ?』
「……………………………」
やられた。
口パクのフェイクとしてやってた会話じゃないか。それ。
そして今日から、あの無限の体力に付き合うの……!?
和希は自分の表情筋が若干ひきつるのがわかった。
「三条さん? どうかされましたか?」
目の前の鈴鹿は鈴鹿で、和希の顔から何かを読み取ったらしく、怪訝そうな顔でこちらににじりよってきた。
やめろ。会話聞こえるから。
「じゃあ。よろしくな!」
「…………ああ」
危険な奴ではないけど迷惑な奴だったかもしれないよ鈴鹿、と、心中和希は呟きながら電話を切った。絶対言えないけど。
「三条さん、やっぱりあの男……」
「大丈夫だから! 全然!!」
ひきつり笑顔で鈴鹿に言葉を返す和希の胃が、きゅるる、と、ちいさく鳴った。
【第3話 雨の夜には牙をむけ 了】




