雨の夜には牙をむけ(7)
◇◇◇
「…なんか。
三条和希のところに誰か来てる?
あいつのサークルの奴じゃないぞ、あれ」
「ネットニュースで見覚えがある。
テコンドーの世界チャンプか何か?だった気が…」
「マジか。
何でそんな奴が今日に限って来てんの?」
「知るかよ。
さすがに帰り道まではいないだろ?
いるとしたら、あの理系クソメガネぐらい」
「いやいや、あのクソメガネ武器使うじゃねーか。
わざわざ、サークルある日狙うべきじゃなかったんじゃ……」
「他の日は家帰るのが早いんだよ、三条は」
「そうだよ。
アイツが遅い時間まで外にいる日なんて限られてる。
しかも、こんなにしっかり雨が降ってりゃ、自転車も使えない。
傘さしてりゃ、武器だってすぐには……」
「わかったわかった。でもさぁ……」
「なに」
「やたら女子が多くてうらやましいんだけど……。
何あれ?」
誰かが誰かの頭をひっぱたく音が、体育館の端の方で響いた。
◇◇◇
「………………あ、の、さぁ…………」
「三条ー。生きてるかー?」
時間経過して、いまは夜の9時前。
消耗しすぎて床に倒れこんだ状態の和希を、しゃがんだトオルがつんつんつつく。
トオルはTシャツに、下だけ道着のズボン。
道着を着る系の武道の人間によくある練習スタイルだ。
「……おかしいな。
私は、昇段試験の練習を、してたつもりだったんだけど。。。」
「だから、今日はひとつひとつの動きの基礎の基礎からやったんじゃん。
一時間半でこんなになるなんて、鍛え方が足りないぞー三条和希。
ていうか、着地の衝撃を吸収する用の筋肉が足りてないんじゃない」
「上半身はともかく下半身は足りてますー。。。
あんたのしごき方がおかしいんですー。。。」
「持久力ないなぁ。この程度でしごきって。
これ、俺が姉ちゃんにやらされてたメニューだよ?
小学生のときに」
「牧ノ瀬姉、何やってんの。。。。」
うめく和希に、けらけらトオルが笑う。
快活で、おもちゃみたいで、妙に楽しそうな笑い声だ。
どこからこの声出るんだろ。
「………何がおかしい?」
「えー。面白いじゃん。
最強の路上ファイター三条和希が、こんなへっろへろな図って、なっかなか見れないし」
うつ伏せで横向いた和希の鼻先を、つんつんと人差し指でつつく。
こいつ、姉よりSだな。
舌打ちして、和希はよっこら体を起こす。
乱れた髪を、ぽふぽふと、しゃがみこんだままのトオルが直した。
その手が止まり、トオルが、和希を真正面からじっと見つめる。
笑顔だけど、ずっと奥まで和希を見るような目で。
「よかった。最後まで平気で」
和希はうなずく。
確かに。今日は途中でダメにはならなかった。
「…………まぁ、ありがとうございました」
練習のきつさの方に気を取られたせいもあるかもしれないが。
それ以上に、トオルが色々和希のメンタル面を考えてくれて、気をつかってくれたからだろう。
お手数をおかけしました、が正しいかもしれない。
「さて。もう体育館閉館みたいだし、着替えたら出よー。
ごはん食べてるみんなに合流する?」
「いや、いいや……雨だし」
「そっかー。雨だしな」
トオルは、見えもしない天をあおぐように天井を見た。
体育館の地下からは、外がほとんど見えない。
だから忘れそうになるが、今は梅雨。外は結構な雨だ。
けれど和希は、雨の日が嫌いではない。
◇◇◇
「梅雨の時期って、ロードワークとかどうしてる?」
傘を差し、体育館を出たところで、和希はトオルに尋ねた。
「んー色々。
教えてるジムでランニングマシン借りたりとか?
あとさっきは、体育館の地下にあったエアロバイクこいでた」
「へぇ…」
歩きながら話すには、雨の音がうるさい。
それに邪魔されぬ会話をと思うと、心もち、声はどうしても大きめになる。
傘で周囲も隠れているし。
「かなりハードにやってたけど、リカバリーに何か気を使ってることある?」
「ん、なに三条。
俺の自主トレメニューが気になるの?」
「いや、そういう意味では……」
普段なら学生の人通りもまだ多い時間だが、雨のせいか、今日は比較的閑散としている。
「別に特別なことしてないし、隠してないし。
何だったら自主トレ一緒にやろー?」
「……タダ?」
「えー。そこなの」
またトオルがけらけら笑う。この男の笑いのツボはよくわからない。
「でも、三条は世界大会とか出たくないの?」
その言葉の切れ目で、トオルは口だけ動かした。“うしろ”
「……飛行機代と宿泊費を誰かが出してくれたらね」
和希も同じように、口パクで言う。“なんにん?”
「『新影』がスポンサーになってくれたりしねぇの?」
“ななか、はち”
「まさかぁ」
“ぶきみえた?”
「俺の指導は安くしとくよ?」
“みえなかった”
「タダじゃないんだ」
“はものかも”
「ウソウソ。金とか取らないって。だから自主トレ、一緒にしよ?」
“それと”
「(……?)そうだねー」
“なに”
「よし! じゃ、明日から一緒にやろう!」
“こうはい、きてる”
思わず振り返りそうになった和希に、小さな声で鋭く「みるな」とトオルが制止した。
“けいし?”
しゃべるのを忘れて、和希は口パクだけした。
「じゃあ、あとで予定メールで送るから」
“さそりげりのやつ”
「約束な!」
はぁ、とため息をついた。
頭を抱えたくなったが、まぁ、ついてきたものは仕方ない。
おそらく。
鈴鹿は和希らの後ろについてきている連中の、さらに後ろに来ているのだろう。
自分がストーキングされて嫌だったくせに、何をやってるんだ……?
和希は、足を速めた。
トオルも察したらしくついてくる。
闘いの開始まで、あと少し。




