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京都学生格闘譚  作者: 真曽木トウル
第3話 雨の夜には牙をむけ
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雨の夜には牙をむけ(5)




「………!!!?」



 鈴鹿の顔面にトオルの左拳が入った瞬間を見てとって、和希は2人を止めた。



「赤、有効、1対ゼロ」



 和希が点数をカウントしても、何が起きたかわからない顔をしている鈴鹿。

 それは、ごくごくベタな手で。

 試合開始とともに、一瞬トオルが前足を上げた。

 その前足の、蹴りを、鈴鹿が警戒した=目を向けた一瞬、軸足、つまり後ろ足をスライドさせて間合いを詰めたのだ。


 ()()和希と組手をしているなら、テコンドーは前足の蹴りが厄介であることも知っているはず、とトオルは読んだのだろう。

 それを逆手にとって鈴鹿の意識を、一瞬、下に向けた。


 しかも、1人だけの審判である、和希にとって非常に見やすい位置で、つまり確実に判定できる位置で、突きを撃った。


 踏み込みと突きの速さでは定評がある伝統派空手の人間が、テコンドーに突きで先制されるとつらいものがある。



 トオルの挑発、いや、宣言か。

 テコンドーが蹴りだけだと思うなよ、という。




「両者構え……始め!」




 元の位置に2人を戻して、号令をかける。


 トオルが軽く前足を上下させる。

 そのたびに気が散る様子の鈴鹿。

 ああ、ダメ。意識を一瞬でも途切れさせれば。

 ほら。



「――――‼️ッ………」



 和希とほぼ同じ速さの横蹴り(ヨプチャチルギ)に体を貫かれる。

 鈴鹿の脇腹にがっつり入った、トオルの足刀。



「やめッ」



 和希はトオルと鈴鹿の間に入る。



「赤、技あり、3対ゼロ」



(……やっぱり、強いな)和希は心中で感嘆した。

 トオルの打撃には無駄がない。

 面白いぐらいほぼ想定通りの攻撃が入っている感じだ。

 それも、たった1人きりの審判に完璧に見える位置で。



 再び両者構えさせ、号令をかける。

 余裕すらある、トオルの顔。

 鈴鹿のポーカーフェイスはまだ崩れない。


 鈴鹿が踏み込む。


(中段逆突き)


 深く体を沈める中段逆突きに、カウンターでトオルが上段突きを合わせる。



「入った!」



 新橋が叫ぶが、和希はポイントを取らないというジェスチャーをした。



「なんでだよー。鈴鹿の方が先に入っただろ!」



 いち野次馬と化している部長日比谷が大声を出す。

 そのまま和希に女子たちからブーイングが飛んでくる。

 非常に不本意だ。



(……見えてない突きを取れるかボケ)



 トオルは和希に背中を向けた姿勢だった。

 鈴鹿の拳はそのトオルの、おそらくみぞおち辺りを突いただろう。


 その中段突きが当たる瞬間を目視していなければ、トオルがカウンターで合わせた突きとどちらが早かったかわからない。そもそも本当に当たっていたのかも。


 目視できていない攻撃を、審判は取ることが出来ない。


 このあたりも、トオルはわかっている。

 さすがに上手い。



 全空連の組手ルールと、ITFテコンドーの組手ルール。


 いずれもライトコンタクトルール、すなわち強打禁止だが、最大の違いは、一発一発の有効打で、都度試合を止めるか止めないか。

 ITFではラウンドごと、注意や警告など以外はノンストップで試合を行い、周囲4ヶ所に座った審判らがポイントをカウントする。


 たとえばほぼ同じタイミングで両者が攻撃を仕掛け、両方当たったとして。

 全空連ルールでは、必ず先に有効打が当たった方にポイントが入る。そこで、止め、のコールがかかる。

 テコンドーでは、両方にポイントが入る可能性がある。

 また、そこで止められることがないので、そのまま攻撃を続けることもできる。


 つまり、闘い方は、だいぶ変わるはずなのだが。

 トオルは驚くほどきっちり対応している。

 トオルと鈴鹿、2人、格闘経験の長さはほぼ変わらないはずだ。

 それでもあらわれる、純然たる、実力の差。



(………次で終わりかな)



 と、和希は読んだ。



 トオルの性格を考えると、上段を蹴らないわけがない。

 上段の蹴りがあたると3ポイント。今回は6ポイント先取なので、おそらくトオルは狙うだろう。


 とにかく、ケガだけはさせないでくれると良いが……


 和希がそう思ったその時。


 トオルの軸足が床を滑るように、動いた。

 体の前に構えた足が鈴鹿を射程に捉え――――――



(!?)



 鈴鹿が回避する。

 それも、いままで和希が見たことがないほど大きく大きく。

 まるで、逃げているようだ。



(牧ノ瀬に追わせる気か?)



 相手に追いかけさせて、移動に意識を向けさせてカウンター狙いとか。

 確かに、自分の方が強いとこちらを舐めてかかっている敵には有効な手と思われるが。



 それか、倒しての一本狙い?


 その方が可能性が高いかもしれない。

 得点を稼ぐならば一本を狙うところだが、テコンドーの世界大会銀メダリスト相手に蹴りあいでは分が悪い。

 上段蹴りは避けて、テコンドーのルールにない、崩し・足払いを狙った方が、鈴鹿の土俵に持ち込める。



 とはいえ。

 牧ノ瀬刀流は、そんな簡単な相手ではないのだが。



 トオルは動く。

 そのステップもまた、目で追うのが困難なほど速い。

 武器としての足のみならず、移動する足もまた一級品なのだ。



 もう捉えた。



 中段回し蹴り(トルリョチャギ)

 鈴鹿回避。これは本命ではない。

 そのまま回転して顔面狙いの後ろ掛け蹴り(パンデコロチャギ)

 鈴鹿回避。

 後ろに足を畳みきったところから往復ビンタのように逆に蹴る。

 ギリ回避。


 鈴鹿がトオルにくるっと背中を向ける。

 また距離をとるのか、と思われた一瞬。





 ―――――バス………ッッ






 さそりの尾のように下から伸びた鈴鹿の足が、トオルの顔面を捉えていた。


 蹴ってみせた。和希の予想に反して。

 それはまるで最初のトオルの突きへの返事のようですらあった。


 

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