雨の夜には牙をむけ(4)
◇◇◇
「私の後輩なので、本当に絶対にケガさせないように。
させたら殺す」
「……ふーん。りょうかいー」
「めっちゃ気のない返事してるけど、ほんとにケガさせるなよ?
完璧にライトコンタクト守れよ?
強打の反則とりまくるからな?」
「はいはい。あ。
三条のマウスピース貸して?」
「…………………(無言で連続蹴り)」
「いだだだ痛い痛いごめんさすがに冗談ですぅッ」
和希の私物のテコンドーグローブとプロテクターを借りて、両手両足に着けたトオルが、泣き言いいながら和希の蹴りをすべてディフェンスしたのを、鈴鹿はじっと観察していた。
自分の私物のマウスピースを先に口に入れ、両手両足の防具のバンドを、慶史に巻いてもらっている。
こちらも三条和希に借りたテコンドーのものである。
部長には副部長から話をしてもらい、今回も少しだけ、時間をもらうことになった。
広い、体育館の地下。
その一角、本来は体操部の練習用だろう、マットが敷いてあるスペースを用いて、闘う。
「冗談だって。
俺のバッグの中にマウスピース入ってッから、出して?三条」
「いや、アホか。
グローブの前につけろよ」
突っ込みながら、和希が、ボクシング部の練習用リングの横に置かれたトオルのバッグのほうに向かって走っていく。
それを見ながら。
「……何者だ?」鈴鹿は慶史に尋ねた。
「ああ、トオルさん? テコンドーの国内チャンプで、こないだ世界2位になった人だよー。
和希さんの1学年上。ちょっとこの前、お世話になって」
「お世話に?」
「うん。びっくりしたよ、いきなりメンチ絡むからさ。
急にどうしたの?
別に、怪しい人じゃないよ?」
「………………」
鈴鹿の視線の先には、マウスピースのケースを取ってトオルのもとに走って戻る和希がいた。
「口に入れて?」とねだるトオルに、「こどもか」とあきれながら、和希は薄いマウスピースをつまみ、トオルの口にはめ込む。
その口元が、満足そうに和希の指先を食んだように見えた。
「……邪なものを感じたから、かな」
「うーん。邪、かな?
あれは単に…」
「まぁ、人間誰しも、邪なものを隠してるものだから、その感情まで消せと言うのは間違っていると思うが」
「えーと? 鈴鹿からすれば、恋愛感情は邪なのかもしれないけど。
自分を賞品にしてみんなにがんばらせようとするのも、わりと邪だと思うよ?」
「…………………否定はしない」
また、何かを言ってからかったのだろうか、和希がやや本気ぎみに連続蹴りを繰り出すのを、笑いながらひょいひょいトオルはかわす。
その顔を、屈託のない笑顔、邪気のない笑顔、と人は見るだろう。
やっぱり気にくわない。
鈴鹿が自分のなかでそう結論付けたとき、「鈴鹿!」と和希がこちらに声をかけて駆け寄ってきた。
鈴鹿は立ち上がる。
「あの人、あんなんだけど、一応2か月後に世界大会控えてるから。
悪いけどあまり大ケガさせないようにしてもらえるかな。ごめん」
「はい」
ケガ、と、大ケガ。
絶対、と、あまり。
はっきりと差がついた言葉に、三条和希の意識が見える。
勝ちたいなと、鈴鹿は強く思った。
◇◇◇
和希は、
ぱん、
と、自分の両頬を平手で打って気合いを入れる。
(主審とか。ほんと苦手なんだが……)
しかし。トオルと鈴鹿でノンストップのスパーだと、どう考えても危ない。
特に競技が違うというのがまずい。
男子同士、ガチにヒートアップするパターンである。
気がついたら片方(というか確実に鈴鹿が)病院送りになりかねない。
従って、今回は、レフェリーとして和希がつき、ポイントをとって勝敗をつけることにさせた。
まず、鈴鹿へのハンデと安全性を鑑みて、ITFテコンドーではなく、全日本空手道連盟の組手の試合のルールとする。
ただし勝敗については、通常、時間制限及び8ポイント差がついたところで決するが、今回については、いずれかが6ポイントを先取したら終わりと定めた。
一本 =3ポイント
技あり=2ポイント
有効 =1ポイント
を、和希が判定し、その有効打ごとに、一回一回止めては仕切り直す。
これも、通常の試合ならば四人の審判が周囲に座り判定するところだが、審判できるのがこの場で和希1人しかいないのでやむを得ず。
一本に該当するのは、上段蹴り、及び、投げ又は足払いで倒した後の有効技。技ありは中段への蹴り。有効は上段・中段への突き。
強打は反則。
肘、膝による攻撃は反則。
他に金的、目、喉への攻撃を反則とする。
腕への攻撃、関節への攻撃も反則だが、実質蹴りを腕で防御することがおおくなるだろう。
掴みはあり。
とはいえ、空手の拳サポーターと違い、テコンドーのグローブは指が出ていないので、実際には難しいはずだ。
そして足払いあり。
脚部への攻撃も本来は反則になるが、鈴鹿へのハンデとして、今回は下段蹴りありとした。ただしポイントとしては数えない。
2人、向かい合ったところで、和希は『礼』というジェスチャーをした。
それぞれの形で礼をする2人。
構える。
トオルが赤のグローブ。
鈴鹿が青のグローブ。
テコンドーのルーツが松濤館空手にあるがゆえにか、奇しくも2人の構えは似たものとなった。
いつも通り、やや前後の足幅広めに構える鈴鹿。
和希ほどは完全に体を横にはせず、両腕も中段のあたりにスタンバイさせているトオル。
互いに、左足が前の、クローズドスタンス。
和希は、深く息を吸った。
「始めッ」




