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京都学生格闘譚  作者: 真曽木トウル
第3話 雨の夜には牙をむけ
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雨の夜には牙をむけ(1)





 雨の音がする。


 とっくに起きていたけれど、雨の音が心地いいから、眠っているふりをして聴いていたかった。


 梅雨の時期。

 旧暦では五月。

 五月雨さみだれ。そして五月闇さつきやみ


 この屋敷は、雨の音がよく聴こえる。

 そう思って天井を見つめていると。



「おっはようっ」



 雨の日も元気な家主が、和希の頭上のふすまをばーんと開けた。



「…………おはようございます」



 今日も家主に、薄手の布団の上にぽーんと乗っかられるまま、三条和希はあいさつした。


 猫のように和希のからだの上を這う。

 ぱっちりした目と、可愛らしく元気な声、柔らかくさらさらの髪が特徴的な家主は、小学五年生の少女、上泉知有。



 日本屈指のスポーツ用品メーカー『新影シンカゲ』の創業者の曾孫で、京都下鴨の広大な屋敷と多額の財産を相続している。



 多少の紆余曲折を経て、その屋敷に下宿することになったのが、いま布団にいる大学2回生、三条和希だ。



「和希和希、今朝は朝から良いものが見れたぞ!」


「良いもの?」


 ジャージ姿の知有に和希が聞き返すと、知有の返事のかわりに、


「おはようございます!和希さん」


という少年らしい伸びやかな明るい声と、


「おはようございます」

と、対照的に低く響く男の声が頭上から聞こえた。


「……おはよう」


 知有を落とさないように、ゆっくりからだを起こす。

 開いたふすまの間から、2人の男が見えた。


 和希より少し背の高い、明るい声の、穏やかな顔立ちのメガネの少年が、今井慶史。

 現在、和希と一番仲の良い大学の後輩だ。

 剣道経験者で、ただいま杖術を練習中。和希から譲り受けた四尺棒を、今日も肩にひっかけている。


 その横に立つ、恐ろしく整った、完璧、イケメン、という言葉だけでは限りなく不充分な、万物の上に君臨しても許されそうな美貌の男が、鈴鹿尋斗。

 空手の色々な流派を経験しているが、ベースは伝統派の松濤館しょうとうかん空手だ。


「どうした。朝から」


 和希のその問いには知有が答えた。


「2人とも、梅雨の時期だし外で練習できないから、朝、授業に行く前に、うちの家の道場借りたいって」


 和希はうなずく。

 かつて、『新影シンカゲ』の創業者は、武道家格闘家を支援するためにこの屋敷に下宿させていたそうで、敷地内には、大きな武道場がある。


 いまは、ただ1人の下宿人である和希がその道場を独り占めしているので、和希が寝てる間に使ってもらうなどは全然問題ない。

 問題ないが、早朝から元気だな2人とも。



「で、いいものっていうのは?」


「空手のかた!」


 知有からとてもざっくりした答えが返ってきた。

 

観空大カンクウダイを練習していました」


 鈴鹿の方から言葉少なに補足される。


 ああ、それは見たかったな、と和希は思った。


 手をかざし空を見るような姿勢から始まり、蹴りや大きな動きの見せ場が多いかただ。


 加えて、鈴鹿はかたがとても上手なのだ。


 その鈴鹿は、すっと頭を下げた。



「道場を使わせて頂いて、ありがとうございました。

 では、これで」



「あれ、鈴鹿、朝ごはんは?

 今日は美味しい豆ご飯があるぞ?

 一緒に食べよう?」



「お気持ちだけで。

 三条さんは、またあとでよろしくお願いします。

 では、失礼します」



 頭を下げると、鈴鹿はそのまま退出していく。



「えっと、俺も今日は朝食べてきたから。

 また今度ごちそうになるね。

 ありがとう知有ちゃん。じゃ」



 慶史も珍しくそう言って遠慮して、知有に手を振る。


 そして「今日はまた夕方、よろしくお願いします」と和希にぺこっと頭を下げて、鈴鹿の後を追っていった。



「……鈴鹿も私に敬語なんだな」

 しばらくして知有が発した言葉は、明らかにすねた響きだった。



「まぁ、先輩である私の家主さんだからでしょうね」



 むう、と、やたら残念そうな顔をする知有が、和希にはちょっと可笑おかしかった。



◇◇◇



「……明日、えと、あいつ、が来るんだったっけ。

 あの、昇段試験のパートナーの」


「……ええ」


 朝食の席。

 甘い大根の肉そぼろがけを箸で割りながら、和希はうなずいた。

 無意識に、うつむいていたらしい。

 怪訝そうな顔で、知有が、「ん?」と和希の顔をのぞきこむ。


「気にしてるのか和希?

 前にあいつが来た時、たまたま体調が悪くなったんだから仕方ないじゃないか。

 和希が悪いわけじゃないんだから」


「……今回は、大丈夫だといいんですけど」


「たまたまがそんなに続きはしない。

 悪い方に考えるな。

 たとえ偶然続いたとしたって、和希のせいじゃない」


 和希は無言で頭を少し下げ、塩味がやさしい豆ご飯を咀嚼した。

 米と豆の甘み。知有が自賛するだけある。美味しい。



 この間、昇段試験のパートナーである『彼』がこの屋敷に初めて来た。


 和希は知有に紹介をし、そして、この屋敷にある武道場で練習を始めた。

 忙しいなか『彼』も時間をやりくりして、やって来たのだが、練習は、長く続かなかった。それが、たまたま、じゃないことを、和希自身も『彼』も知っている。


 今回は何も起きないことをただ、祈るばかり。



「今日はサークルに行ってきますね」



 和希は極力、明るい声を出した。

 こういうものは、強迫観念が一番の敵だ。

 またああなるんじゃないか、といった不吉なことを考えてしまわないように、今日は気楽にすごそう、と。



 ただ、予想外のできごとは、その日のうちに起きることになる。



◇◇◇


※いわゆる武道の『かた』ですが、

かたという字を使うときと

かたという字を使うときがあります。


鈴鹿が伝統派空手出身なので、

今回の話は『形』の字を使いましたが、

この作品の中では基本的に『型』を

使うことが多いです。

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