傾城のアドーニス(17)
◇◇◇
「いただきます」
重厚な高級最中をそれぞれ皿の上に載せ、濃いめのお茶を横に添えて、嬉々として手を合わせるのは知有と慶史。
すぐに2人、最中を手に取ると、大口をあけてサクリと真正面からかぶりつく。
「ん~~~!んん~!!」
ほおばりながら和希の方を見て、顔で美味しさを伝えようとしてくる知有。
アレルギーなわけではないが、あんこがそんなに得意ではない和希は、さしてそれにも心を動かされず、濃いめの茶をすすっていた。
「めっっっっちゃくちゃ美味しいですよ和希さん!!
あんこがこっくりしていて、甘さが柔らかくて」
おおぶりの最中を瞬殺した慶史が、やたら幸せそうに言う。そうか、良かったな。京都だもんな。和菓子を堪能するといい。私は食べない。
「食べないんですか?
せっかく鈴鹿が買ってきてくれたのに」
先輩宛の詫び菓子を、手土産みたいに言うんじゃない。
とりあえずお前が私のぶんも食べろ。
「もう。和希はしょうがないなぁ。
せっかくだから、これ、家のみんなに配ってくるっ」
鈴鹿が持ってきた詫び菓子の高級最中の箱を知有は抱え、台所向けてぱたぱた走っていった。
和希は頭の中で、いま家にいる人数を数える。
ハウスキーパー2人に、警備担当者2人、庭を整えにきてくれた、ご近所の庭師さん。和希も日々お世話になっている人々だ。
まぁ、今いる人数的には足りるはず。
「………で、和希さん。
鈴鹿に、言わないんですか?」
「言わないよ」
湯呑みのお茶を飲みほして、自分でおかわりをつぎながら和希は言う。
「……言いようによっては、和希さんのことを全部話さなくても、鈴鹿を納得させることもできると思うんですけど」
「鈴鹿尋斗という人は、君と同じく、自分のことよりも人のことを優先しかねない人だ。
不用意に私の過去について話して、私の敵とまで闘わせたくない。
まぁ、鈴鹿だって、男だと思っていた相手が女だったら多少はびっくりするだろうし。
だから言わない」
くい、と、濃いめのお茶をあおる。
何故か知有にコーヒーを禁止されてしまったので、最近はもっぱら緑茶かほうじ茶である。
「せっかく鈴鹿が、うちのサークルを選んでくれたんだから。
私は、先輩に徹する」
静かに、和希の言葉を聞いていた慶史は、ゆっくりと息をついて茶を飲んだ。
「わかりました。それなら」
と。慶史が再び言ったところで、知有が「まだ、ある!」と言いながら最中の箱を抱えて戻ってきた。
知有と慶史が、そろって和希を見る。
「な……なに?」
「和希ぃ。食べていないと味がわからないだろう。
次に鈴鹿に会ったときに最中のお礼を言わないつもりか?」
「あ、半分こしましょう。
半分だったら食べられるんじゃないかと」
「………2対1は卑怯だぞ」
「1対多数は慣れてるでしょう?」
見事に打ち返された。
知有に慶史、気が合いすぎだろう、この2人。
そしてこの2人が結託すると、正直たちが悪い。
その後、30分にわたる知有と慶史の粘りにより、結局和希は最中を食べさせられることになったのであった。
◇◇◇
「……付き合ってもらって悪かったな」
一方、帰る途中の鈴鹿と神宮寺。
鴨川にかかる橋を渡りながら、鈴鹿が言う。
「大丈夫!
また明日の練習からよろしく」
「少しは仲良くなるといいけどな、あの連中」
その言い方に、ああ、やっぱりこの人は、同じサークルの女の子たちは少なくとも恋愛対象にしていないんだ、と神宮寺は思った。
よくない考え方をすれば、最強のライバルが消えたとも言えるのかもしれない。
「仲良くなるといいね」
けれど、神宮寺は鈴鹿の言葉を繰り返した。
たぶん、彼女たちは仲良くはならないだろう。
そして一部はサークルを辞めるだろう。
その他は。自分のところに戻ってくるのだろうか。神宮寺も、以前のように接する自信はないけれど。
「……そういえば、女の子を好きになったことがない、って言ってたけど……」
「男は好きになったことがあるのか、って意味か?」
「あ、不躾なこと聞いてごめん」
いや、と、鈴鹿は首を軽く横に振る。「1人だけ」
そっかぁ。と神宮寺は、うなずいた。
さっきの自分の質問は完璧に失礼な気がする。
でも、それとは裏腹に、聞きたい、と思ってしまった。
どう言ったら差別にならないか、傷つけないか。
神宮寺は言い方をじっくり考える。
「鈴鹿くんが好きになるぐらいだから、すごい、いい男だったんだろうね」
「強かったな。
高校と道場の後輩で、俺より少し小柄で、細いのに。すごく強かった」
「へぇ…」
細いのに強い、というところで誰かさんを一瞬連想したが、そもそも性別が違ったなと、神宮寺はすぐに打ち消した。
「京都の大学に進学したんだそうだ」
「あ、じゃあ、どこかで会えるかも知れないね」
会えたとしても何も言うつもりはないが、と鈴鹿は前置きをした上で、「どこかで会えれば、嬉しいな」と。
言葉は抑えているけれど、そのぶん、そのたった1人の人を、本当に好きだったんだろう、というのが端々から伝わってきた。
神宮寺は、今まで自分が告白した女たちの顔も覚えていない。
好きの度合いが足りなかったのかも知れないし、罵詈雑言で傷ついて忘れようとしたのかもしれない。
見た目に翻弄されていた自分だって、人を見た目で判断しているかもしれない。
恋に狂ったかの女性を思い出すにつけ、人を好きになるのは難しいと感じるし、それを相手に伝えるのは恐ろしくさえ思う。
これから先、自分もまた、好きになれる相手が見つかるのだろうか。
そんなことを考えていると、神宮寺のほほに、つめたい感触が走った。
ぽつり、ぽつり、雨がこぼれ落ちてくる。
急ぎ足になりながら、鈴鹿は、空を見上げた。
「もう梅雨なんだな」
【第2話 傾城のアドーニス 了】




