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京都学生格闘譚  作者: 真曽木トウル
第2話 傾城のアドーニス
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傾城のアドーニス(16)




「……同じようなことは、過去にも言っていただいたことがあります」



 表情を変えず、鈴鹿は返答した。



 だろうな、と和希は思う。

 鈴鹿のことだから。

 過去にも彼を助けようと申し出た人間はいたに違いない。

 けれど、その人間たちは、結局耐えかねてしまったか、守りきれなかったか、だろう。



 過去、和希がストーカーというものについて色々調べていた時、ある専門家が著書の中で述べていた、『特殊解』ということばが印象に残っている。


 その専門家は、ストーカーに迷惑行為を止めさせ、凶行に及ぶのを阻止するために、ストーカー加害者と直接、粘り強く話す、ということをしている。

 カウンセリングと交渉を同時に行うような仕事だ。


 加害者と被害者が明確に線引きしがたいような状況もあるとのことだが、加害者が加害行為をやめるまで、その専門家は、加害者に届く言葉を粘り強く探る。

 その答えは、本当に、1人ひとり違う。

 その『特殊解』を根気よく探り続けるのだという。


 当然身の危険もあるだろう。



 とりあえずKOすれば何とかなる奴ばかり相手にしていた和希は、本当に、本気で、ストーカーにストーキングをやめさせようとしたら、そこまですることが必要なのだと、ただただため息をついた。


 鈴鹿のストーカーは『そこまですること』が必要な奴だ。

 和希にその覚悟があるか、サークルの皆にそれを強いることができるか? 答えは、ノーである。


 だけど。


 100パーセントの覚悟がなきゃ、鈴鹿自身にさえ、手を出してはいけないのだろうか?



「……人生って、美味しいもの食べたりするじゃん」



 唐突な和希の言葉に、知有と神宮寺が、え、という顔をする。

 鈴鹿は表情を動かさないが、和希が何を言いたいか探りかねているようでもある。



「私は、あまりまともな味覚がなくて。

 これまで、食料は摂取するという感覚で、この成分とこの成分とこの成分は食べないと、そんな感じで食事をしてきたけれど。

 最近、人に心を込めて作ってもらったご飯と、ばかでかいおにぎりとで、美味しいという感覚を思い出したんだ。

 人生にひとつ、新しい色がついたと思った」



 さらに何を言いたいのかわからない、という顔をしている知有と神宮寺。

 静かに聞いている、鈴鹿。



「当然、先のこと、とか、人生の目的とか目標とか。大事ではあるし。死なないことも大事。

 ただ、楽しいことや、面白いなと思うこと、生きてて良かったな、と思える刹那的なことを味わえるのも、同じぐらい大事なんだとは思う。1度しかない人生なんだから。

 鈴鹿が繰り返し私に組手を申し込むのは、それだと思ってるんだけど、違う? 私に勝つという結果を出したいわけじゃなくて、私と組手してるのが、楽しいからじゃないの?」


「………………」

 肯定はしないものの、軽く眉を上げた鈴鹿。



「私たちは、素人だ。

 どうしようもないものはどうしようもない。

 だけど鈴鹿が、いつもストーカーのこと考え続けて、迷惑かけないようにとかを優先して、仲間も作れないとか、やりたいことができないとか、志した道を諦めるとか、それだって被害でしょう。

 私たちは、解決はできないだろう。けど、鈴鹿の、活力になることはできると私は思う。

 やりたいことを一緒にできると思う。

 そのとき楽しいとか嬉しいって思うことを、わかち合えると思う。

 短い間でも、人生の仲間として。

 それを、私が望んではいけないかな」



 何か言いかけて、また口をつぐんで、じっと鈴鹿は、考えている。

 和希を見るわけではなく、目を伏せて。

 これもまた、以前に誰かが言ったのかもしれない。

 目新しい言葉ではないから。


 和希は、鈴鹿の答えを待った。

 永遠とも言えるほど時が長いと思う、それでも、辛抱強く、待った。




「………………三条さんのお考えは、わかりました」



 ようやく、鈴鹿が口にした答えは、しかし、感情をのせていない言葉だった。



「ただ、部長のお考えは違うのではと思います。

 三条さんだけでなく、皆さんの安全を気遣わないといけないですよね」



 三条和希の考え、でしかない。確かに。

 そう言われれば、答えようはないのだ。


「では――――――」


 鈴鹿が、すっと、立ち上がろうとした。

 その時。



「ただいま、戻りました!!!」



 屋敷中に響くのではないかという、少年の明るい声。

 ぱあんと、障子が勢いよく開かれる。


 今井慶史である。


 新しく買い直した自転車で飛ばして来たのだろう。

 上半身に結構な汗。

 シルバーフレームの眼鏡が曇っている。


「副部長からの伝言です。

『鈴鹿がいなくなったからといって、三条や他の女子たちが安全とは言いきれない。むしろ当事者である鈴鹿が一緒にいる方が、加害者の動向が明確に把握しやすい。責任を取るつもりならうちのサークルに入れ。以上』」


 おお、なんたる理路整然とした屁理屈。

 さすが、IQだけは神に選ばれし民の副部長新橋。

 座り直した鈴鹿が、初めて、唖然とした表情になる。


「部長は?」間髪を容れず、和希は聞いた。


「部長は……」


 息が切れていたらしい慶史は、続ける前に、すうっと息を吸った。



「『むしろお前が、三条を守れ。以上』」



 ぶっ、と、知有が吹き出した。

 こらえかねたように、けらけらころころ、鈴を転がすような声で笑い出す。

 つられて神宮寺が笑った。


 和希の感想としては、『だろうな。』だった。

 あの体育会系(脳筋)性差別主義者(セクシスト)め。

 今回ばかりはグッジョブである。

 何せ、鈴鹿の最後の退路を崩しやがった。

 こう言われて、鈴鹿は引ける男ではない。



「………てことだ、鈴鹿」



 ひとしきり、笑い終わった知有は、にこりと笑って言う。



「私も、鈴鹿と友達になりたい」



 鈴鹿は、顔を伏せた。

 息が詰まったような、何か言いたくて口に出せないような、こらえているような表情。

 そのまま、再び、手を畳につけ、頭を下げた。


 言葉もなく。

 さっきの美しい座礼とはまるで違い、感情のままに這いつくばるように。感情を押し隠しきれていないように。

 そして、その肩は小刻みに震えていた。



◇◇◇

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