傾城のアドーニス(15)
◇◇◇
わぁあぁあぁあぁッっ
捕まえる和希の腕のなかで、彼女は猛獣のように暴れる。
しめおとす?
いや、華奢な女の首用の力加減がわからない。
男のつもりでやると首が折れるかもしれない。
「その人、絶対に離さないでください」
慶史が、落ちた四尺棒を拾い上げ、構えて警戒する。
しかし、同級生の両親らは、へたりこんだまま動けない。
特に、つい先ほど娘に矢を向けられた母親は、放心している。
サイレンがトリガーになって、暴走して周囲の人間に危害を加えかねない。
その和希の予想は、見事に当たったわけだが。
同級生は叫び続ける。
和希を引っ掻きながら、引き続き、意味のわからないことを。
私はストーカーなんかじゃない。
なんで警察なんか呼ぶんだ。ずるい。卑劣だ。
あの人は、何回も何回もひどい振り方をするひどい人。
異常なのは、あの人だ。
言い方がおかしい。許せない。
私を傷つけたことを謝ってほしい。
それでも好き。大好き。
私以外にあの人の伴侶がつとまる人間なんて、この世にいない。
………と。
言っていることがどんどん変遷する。
丁寧に聞いても、どう聞いても、理解できない。
理解するために聞き取ろうとしたことを、若干後悔したほど。
和希は嘆息した。
この同級生が落ちたとき、とっさに体を受け止めたのは、正しいことだったのだろうか?
既に鈴鹿が、人生を狂わされているのに。
間に合わないふりをして、地面に叩きつけられるのを待つべきだったのではないのか。
(……で、その線引きは、いったいこの世の誰がするんだ、って話だよな)
和希は自嘲的な笑みを浮かべた。
「!!」
和希が手を放した瞬間、鼻先を刃物がかすめた。
女が、和希に拘束されながらもどうにかプリーツスカートのポケットから小さなナイフを取り出したのらしい。
(刃物か)
和希は確認した瞬間。
躊躇なく彼女の腹に前蹴りを叩き込んだ。
ぐぉぇッ
と奇妙な声をあげて彼女は体を折り曲げ、立てず崩れ、倒れこむ。
和希は指紋を消さないように、刃の部分を摘まんでナイフを奪い取った。
格闘技をやっていても刃物の対処は至難のわざだ。
基本的には逃げるのが鉄則である。
だからこそ、和希からの拘束がとかれて同級生の体のバランスが整っていない一瞬に蹴り込んだ。
あの瞬間以外にはなかったのだ。
遅れて駆けつけてくる、同級生の雇ったらしい男たち。
彼女の両親はまだ、へたりこんで動けない。
パトカーのサイレンの音が屋敷の向こう側で聞こえる。
どうやら屋敷の方にはもう着いたらしい。
間もなくここにもやって来るだろう。和希は暗い空を仰いだ。
◇◇◇
吉田神社の東から全力疾走の鈴鹿尋斗が息を切らして屋敷に駆けつけたのは、そのたった数分後。
ストーカーが警察に連行された直後だった。
その予想よりあまりに早い到着に、少し間違えばあの女に出くわしたかもしれないと、和希たちはヒヤリとしたのだった。
◇◇◇
その、翌々日のこと。
「…………ご迷惑を、おかけしました」
上泉邸の大座敷の畳の上で、鈴鹿が頭を下げている。
土下座と言って良いほど頭を深く下げて。
15年超の武道歴ゆえか、ものすごく美しい座礼である。
美しすぎて、そのまま切腹でもしそうで不安になる。
鈴鹿の、美しく揃えた指先と下げた頭の先には、学生の身ではなかなか買うのもキツかったであろう、本格的な詫び菓子。
鈴鹿の少しうしろには、何故か謝罪訪問の付き添いを希望したらしい神宮寺が、ちょこりと座っていた。
不在の慶史は、本日ただいまサークルの主将・副将に、和希の代理で事情を説明に行ってくれている。
(と言っても、和希と鈴鹿の関係など大きく伏せてだが)
「鈴鹿は悪くない。頭を上げてくれ。
人違いで人を殺しにくる奴なんて、誰も予想できない」
通常営業な家主・知有は、ふわふわと手を横に振る。
この女子小学生、いつの間にか、鈴鹿も呼び捨てにしている。
それでいてかける声は優しい。
男でも女でも、強い奴は人類の宝。それが知有の信条である。
正面、上座を背にして知有。
鈴鹿から見て右手に座る和希。
2人とも正座には即挫折して、足を崩していた。
知有など、ショートパンツにレギンスで、あぐらをかいている。
「しかし……一歩間違えば」
「誰にも迷惑をかけずに生きられる人間なんて、この世にいない。
鈴鹿にも怪我がなくて、良かった」
和希も合わせて、「他にも誰にも怪我はなかったし」と言うと、知有から相変わらずのかわいい声で「和希はもうちょっと反省しろ?」と返された。なぜだ。納得がいかない。
「三条さんは、どう思われますか」
鈴鹿が、ようやく顔をあげる。
鈴鹿、知有、神宮寺、三者の視線が和希に集まる。
この場にいる、和希をのぞく全員の認識は、
『鈴鹿の知人に間違われて、三条和希が命を狙われた』である。
本当なら、和希こそ怒っているべきであろう。
本当に人違いならば。
和希は深呼吸し、言った。
「………これで終わったかどうかは、正直、わからないと思ってる」
鈴鹿は、うなずく。
犯人が逮捕されたからといって終わりになるとは限らない。
それが現実だ。
「だから、鈴鹿は、1人でいるべきじゃない」
「…………?」
「…と、思う。
先輩として言いたい。うちのサークル、正式に入らないか?」




