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京都学生格闘譚  作者: 真曽木トウル
第2話 傾城のアドーニス
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傾城のアドーニス(14)




「行くな、和希」



 階段を降りようとした和希を、知有が止める。

 持ってきていたタブレットを見せる。

 画面が16分割され、屋敷のあちこちが映っている。防犯カメラの映像か。

 その中のひとつに、木製の雨戸に刺さった矢が、燃えあがっているのが見える。だが、火が燃え移る、という様子はない。



「ひいおじいさまも火災には用心していた。

 雨戸は全部不燃木材だ。

 簡単には燃えない」


「ですが」


「下鴨警察署からなら、警官が駆けつけるのに5分もかからない。

 待とう」


「あのアホ、まだ拡声器で叫びますよ?

 ご近所に迷惑では?」


「……和希。

 ご近所と命とどっちが大事なんだ?」



 知有が可愛らしい顔でジト目でにらむ。

 ご近所との比較なら、それは当然命だが。

 再び、拡声器らしい、きぃぃぃぃぃぃぃぃいいいんんん、という音がして、また、『あの女』がなにか叫びだした。


 ―――――――隣近所の家も、下鴨神社の森も、まるごと燃やすぞ、と。



「………家主さん、すみません」


「和希?」


「やっぱり私、ちょっとあの女シメてきます」


「えっ、ちょっ、和希!?」



 和希は階段をかけ下りた。

 警護担当者が驚いた顔でこちらを見る。

 玄関に続く長い廊下を走る和希に、慶史があとを追ってくる。

 慶史1人だけが。



「…なんで君まで?」



「たぶんですけど。

 シメられない(・・・・・・)。と思いますよ」


「へ?」


「もう、『無敵の人』状態じゃないですか。

 和希さんがあの弓矢を攻略して彼女をKOしたとしても、それは和希さんがスッキリするだけで、彼女の心にはなにも届かないんじゃないかと。

 それとも、徹底的に(・・・・)壊しますか(・・・・・)? 物理的に(・・・・)


「……………………」


 水をぶっかけるような慶史のことばが、和希の頭を冷やす。

 彼女の心に届くまで対話する覚悟も、命を奪う覚悟もないなら、つまり、自分がスッキリするための意味もない暴力ならば、やめろ、と。

 ぐうの音も出ないほど、慶史が正しい。



「……悪い、慶史」


「いえ。失礼しました。

 ひじかた。

 って和希さんを呼んでいたということは、鈴鹿の関係者ですか?」


「そう。……私の同級生。というか、鈴鹿さんの身は」


「俺が電話してみます」


「もし無事だったら、とにかく動かないように言って欲しい。

 あの人、ここまで走って来かねない」


「鈴鹿のうちは吉田神社の(むこう)なので、たぶん、警察が来るまでにはたどり着けないと思います」


 家まで既に聞き出しているとは、さすが。

 玄関に続く廊下に置いていた自分のリュックから、携帯を取り出す慶史に、和希は声をかける。


「………慶史」


「はい」


「頭は冷えた。だけど、冷えたぶん、気づいたことがある」


 手を止めずに、慶史は和希を見上げた。


「人死にも火事も出したくないんだ。

 鈴鹿さん……鈴鹿のためにも」


 眉をひそめ。

 和希の言葉の意図するところを、しばらく思案したのちに。

 はい。と、慶史は頷いた。


 リュックの横には、今日も四尺棒入りのケース。



「それなら、お付き合いします」



◇◇◇



「ひじかたぁぁぁぁッッ」



 首からぶら下げた拡声器で、セーラー服の彼女は叫び続けている。

 敵は一向に出てくる気配がない。

 これだけ、家を焼くと言っているのに。どうしても、どこまでもこたえないらしい。



「火矢ッッ。

 早くッ!!」



 彼女は舌打ちしながら、キャンピングカーの下にいる両親に声をかけた。


 母親は、綿をぐるぐると矢に巻き付け、油を垂らしたものを作ると、キャンピングカーにかけられた脚立をあわてて登る。



「遅いッ!!

 あと5本!!」



 矢を母親の手から奪い取る。

 母親は、泣きそうな顔で再び脚立を下りていく。


 手は血まみれでぼろぼろ。

 拡声器を肩から下ろすとき、セーラー服の下につけた胸当てが少しずれた。汗だらけ。髪はめちゃくちゃ。



 ――――――カッコ悪い。



 泣きそうなほど、カッコ悪い。

 みっともなくて、みじめだ。

 どこで間違えたのか。

 そうわかってる。わかっていると、周りにバレるのが恐ろしい。

 イカれてるふりをし続けないと、自分を保てない。


 足元に置いていた矢の綿に、ライターで火をつける。

 一瞬で松明たいまつのような大きな火になる。眩しい。

 その矢を手にもったまま、弓を拾う。

 苦労しながら熱い矢を何とかつがえ、放つ。

 今度は屋敷の一階の雨戸に突き刺さった。



 ………ふいに。

 遠くサイレンの音が聞こえた。

 いや、遠くない。最早近づいている。


 警察がもう来る!?


 


 こんなことをすれば当たり前だ、という考えに、その時彼女は至らなかった。

 隠れたあげく、通報なんかして卑怯だ。という怒り。

 捕まってしまう、犯罪者になる。という恐怖。


 キャンピングカーの下の母親が、弱々しく彼女の名を呼んだ。

 逃げなさい、と言う。

 バカじゃないの。どこに逃げられるというの。

 なにもできないじゃない。

 もう。あの人に会えないじゃない。


 どうして。こんな、私にしたの。



 彼女は、残っていた矢を弱々しく拾い上げ。

 足元の母親の額に、狙いを。




 ―――――――――――ブォン。




 何か黒い影が、目の前に迫り、彼女は慌てて矢を上に向ける。

 が、遅かった。

 強烈な衝撃が弓をすべり、彼女の横ッ面へと叩き込まれた。

 それは回転しながら飛んできた、頑丈な木の棒だった。


 したたった油で足を滑らせる。

 落ちた。



 やった、このまま頭を打てば死ねる。



 頭をよぎった考えは、しかし、甘かった。



 何者かの腕に体を受け止められる感触に、彼女はギョッとする。

 その長い腕が何故か、この世で一番嫌いな人間のように思えたのだ。

 まさか、そんな。アイツは、あの屋敷の中に…



「塀の外を回ってきたら意外と遠かったよ」



 悪夢だ。

 彼女は、大嫌いな土方理宇の腕の中にいた。




◇◇◇

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