傾城のアドーニス(13)
「……なんで、そう思う?」
鈴鹿がもうサークルに来ない、とだけ言ったのに。
その神宮寺の言葉がタイムリーに鋭くて、和希の胸に刺さった。
「この前の、サークルの練習後のことなんですけど……
ほら、三条さんと今井くんが、先に帰った日です」
「ああ」
和希と慶史が2人で鈴鹿の話をした日か。
「食事の席で、女の子が3人、本気の喧嘩を始めてしまいました。
鈴鹿くんを取り合って。
それで、鈴鹿くんが言ったんです。
『自分は産まれてこの方、女を好きになったことが一度もない。女が恋愛対象にならない可能性がある。不毛なことはやめて飯を食え』って」
和希は息を吐いた。
腹のすわった、なんとも率直な言葉が、本当に鈴鹿らしい。
恋というものをしたことがない、というのは、高校の頃にも聞いた。
男ならば、という意味であったとしても、驚くことではない。既に世界各国、同性婚を認める方向である。
「その場は、それで終わったんですけど……。もし喧嘩を止めるだけのための嘘だとしたら、他に言いようもあると思うんです。
どちらの意味なのかはっきりとは分からないんですけど、腹をくくっているというか、どこかで言おうって決めてた、覚悟を感じて……」
「覚悟?」
「うまく言えないんですけど…知り合って間がないからお互いのことをそんなに知っているわけじゃないけど、それでも縁があった仲間とやっていこうと腹を決めた覚悟、みたいなものを、感じたんですよ。
だから、、、、僕も、鈴鹿くんとちゃんと話そうと思って」
ぼろ、と、神宮寺の目から大きな粒の水滴が落ちた。
「神宮寺、くん?」
「僕、また、ひどい扱いされるんじゃないかとか、もう要らないんじゃないかとか、自分のことしか、考えてなかったから……。
鈴鹿くん、どうして辞めちゃうんですか?
もう、来ないんですか?」
屋根にしがみつくのに両手がふさがっているから、零れていく涙がぬぐえない。
和希は手を伸ばし、神宮寺の涙を、指先でぬぐった。
「私が、鈴鹿くんともう一度話す。だから」
コク、コク、と、神宮寺が頷く。「おねがい、しますっ……」
「和希」
こどもの高い声が入った。
先ほどまで黙っていた知有が、口をはさんだのだ。
「メールをくれた、朝、車から矢を射かけられた話だけど」
鈴鹿のストーカーという点を除いて、上記の件については家主である知有には朝にメールで報告済みである。さすがに家主なので。
慶史は知有に既に聞いていたのか顔をすっと引き締め、神宮寺は、え、なんの話?ときょとんとした。
「怪しい車がこの周囲をうろついていたらしい。
和希に射かけたのはこの女で間違いないか?」
知有がスマホ画面を見せる。
望遠で撮影したであろう写真。
間違いなく和希の母校のセーラー服であり、車の窓から射かけた女だ。
「間違いありません」
「了解。
今夜は、護衛担当者に残業してもらっている。それで」
―――――ひゅん。
知有の言葉を断つように飛んできた矢が、和希と知有の間の瓦に当たり、ガキン、と音を立てた。
「…下がれ慶史、神宮寺!!」
知有を背中にかばいながら、和希は声を上げる。
方角。東。この屋敷をぐるりと取り囲む、高い塀がある。
その向こうの空間に、セーラー服姿の女が1人、立っている。己の背よりも長い長い弓を携えて。
それも、おかしなことに、地面から約3メートル、浮いているような高さに立っているのだ。
移動出来て、かつ、それだけの高さがあり、弓をうてるような安定した足場となるもの?
(――――キャンピングカーか!)
和希は唖然とした。そして、『あの女』が、いまここでまた矢をつがえているということは。
「狙っているのは私だ。
慶史。神宮寺。家主さんを連れて、屋根のそちら側を通って建物の中に入れ!」
てしッ、と、小さな手で後頭部をはたかれた。「和希もだろ!」
「……すみません、ちょっと、囮やってます」
「和希!?」
問答無用でひょい、と持ち上げた知有の体を、慶史が受け取ってくれた。
神宮寺が屋根の棟を掴みながら一生懸命移動している。
「神宮寺、焦るな!」と声をかけながら、慶史自身は、わめく知有を抱えたまま危なげなく屋根の上を移動していく。これは雪下ろし慣れしてるせいなのか?
――――――ひゅん。
――――――ひゅん。
2本、矢が飛んできた。
暗くて狙いがつけがたいのか、いずれも外れ、屋根に音を立てて当たるばかりだったが、さすがにヒヤリとする。
神宮寺が屋根を渡り切り、何とか、2階へと避難したのが視界の端に見えた。
――――――――ひゅん。
いままでで一番近い矢を、首をひねって避ける。頬をかすめた矢は、一筋の熱を走らせる。ああ、血が出たな、と、頬を伝う生ぬるい感覚で察しながら、和希は棟を超え、屋根の反対側へ回った。
引き続き矢が飛んでくるなか、移動して、2階に入り雨戸を閉める。雨戸に矢が当たる音。
慶史と神宮寺がそこに残っていた。知有は警護担当者に知らせにいったと見える。
慶史がささやいた。
「庭の広さを考えても、40mぐらいは離れてますか」
「そうだな。弓の腕、へっぽこじゃなかった全然。
弓も朝より、全然でかい」
「和弓は7尺3寸、221センチありますからね。車に乗りながら、車の窓からだして矢を射るとなると、せいぜい1メートル前後の短弓。それは全然威力も違うでしょうね」
慶史と話していると、階段のほうからこどもが駆け上がる足音が聞こえてきた。
と、思ったら、
「お~、ま~、え~、は~!」
とびかかってきたお怒りの知有に、和希は両のほっぺをつねられた。
「い、ひゃ、いひゃいですやふひはん…!!」
「おまえはぁぁぁぁぁ!!
また1人で危ないことをしてぇぇぇぇぇ!!!」
「らってわらひあやへのうへにいははらっ」
「知有ちゃん。。。あとで怒ろう? いまその人この場の最大戦力だから」
どうどう、と慶史が知有をなだめる。
知有が容赦ない手を放し、フーッ、と、猫が喧嘩相手に唸るような声を出して、それから一拍置いて、「状況を話す」と、知有は言った。多分まだ怒ってる。
「警護担当者は4名いる 。
むこうは、弓のできる女が1人、その家族と思われる男女3人、それと、雇ったらしいと思われる、20~40歳前後ぐらいの男が、6人。
多分、矢をうってくる女以外は、問題ない。
ただ、矢がやっぱりこわい。
私も、警護担当者に危ないことさせるのは嫌だ。
通報して、警察が来るまで籠城するのが現実的だと思う」
確かにそうだ。
あとは。鈴鹿が心配だから、警察に安否を確認してもらって……
そう、和希が思った時。
きぃぃぃぃぃぃぃぃいいいんんんっっ
と耳障りなハウリングが響いたかと思うと。
拡声器かなにかを使っているようなノイズが少し続き。
「ひぃぃぃぃ、じぃぃぃぃ、かぁぁぁぁぁぁ、たぁぁぁぁぁぁッッッ!!」
地獄から響くような女の声が、雨戸を越えて聞こえてきた。
「でてこぉいぃ、ひじかたぁぁぁッ!
さもないと、火矢を射かけるぞぉぉぉッッ!!」
声の後。数秒して、また、雨戸に矢が当たる衝撃があった。
パチパチと、何かがはぜる音。焦げ臭い。
「うってきやがった……」和希は舌打ちした。




