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京都学生格闘譚  作者: 真曽木トウル
第2話 傾城のアドーニス
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傾城のアドーニス(10)

◇◇◇



 翌朝。


 知有を学校へ送り出した和希は、1人、家を出、走り始めた。


 ロードワークもまた、格闘家の基礎の基礎だ。


 和希が外を走る場合は、あまり早朝には走らないし、遅い時間の場合も、人がいる時間と場所に限っている。

 外で走れない日は、大学の体育館地下のトレーニング施設のエアロバイクを使うなど。


 今日は1時限目がないのでちょうどいい。


 知有の体をまずは運動に慣らすため、最近朝は一緒に軽くストレッチをするようになっていたので、まぁ和希の体も軽くアップ済みだ。


 基本的に和希のランニングコースは気まぐれである。


 決まったコースを走れば誰かに目をつけられたとき危険、というのもあるが、これについてはどちらかというと、和希の飽きっぽさの方が勝る。


 和希は、自分が無心にがんばれる時間が短いことを知っていた。

 だから、コースを決めておいて無心に走るのではなく、都度都度コースを選ぶ選択を自分の頭にさせる。

 走っている間も考えたいことを考えまくる。

 そうすることで、飽きずに走り続けられた。

 そのぶん、毎回走る距離にばらつきが出るのはご愛敬。


 今日は御所に向かう。

 いわずとしれた、かつての天皇の住まいであり、その広大な土地は、今は緑多き、京都市民の憩いの場となっている。


 賀茂川(高野川との合流地点よりも北はこの表記となる)を渡り、まっすぐたかたかと走り続けると烏丸通に出たので、そこを南に下っていくことにした。

 どちらかというと鴨川より東側か、三条河原町とか寺町・新京極あたりが活動範囲の和希としては、烏丸通のこんなに北のほうを通るのは珍しい。そんなことを思っていると。



 前方からものすごい勢いで走ってくる男が一人。



 逃走犯か?と一瞬思った和希だったが。


「すず、か…さん…?」


 必死の顔をしているはずで、それに加えて全力で走っているのだが、それでなお現実ばなれしたイケメンなのが最早突っ込むべき域だと、一瞬すごくバカなことを和希は考えた。


 鈴鹿だった。そしてえらく速い。足が速い。

 思わず足を止めた和希のところに、あっという間に鈴鹿はたどり着き。


「……三条さん?」


 怪訝そうな顔を一瞬見せたのもつかの間。



 グイッ



と、すれ違い様、和希の腕を掴んで走っていく。「!?」


「失礼します」


「なっ………!?」


 抵抗する間もなく引きずられるように走る和希。



(は…やっ!!)



 もつれる足をかろうじて対応させる。

 そういえばこの人、高校の頃からとんでもなく足が速かった。

 陸上部男子相手にいい勝負をする足を持っていた自分も、一度も鈴鹿に勝ったことがない。とか、そんなことを考えている場合ではない。


 長距離を走る速さではない。もはや短距離のペースだ。意味がわからない。


 どういうこと、と聞きたかったのだけど、走るのに力がとられて、声がでない。


(――――――…!?)


 後ろから何かが追ってくるような気配があった。

 車の音に紛れていたけど。車なのか人なのか。感じたのは、殺気だ。

 和希のすぐ横を何かが飛んでいった。大きな飾りつきのティッシュケースだ。


(………?)


 ものは次々に飛んでくる。

 中身の入ったペットボトル。

 ハサミ。

 カバーのついていない刃物。

 誰かが車からこちらにものを投げている?



「すみません、後で説明します」



 鈴鹿は走りながら聞き取りやすい発声で言う。

 多少息は弾んでいたが、ここだけでも桁違いの体力持ちとわかる。

 受験勉強の期間を経たはずなのに。



「下鴨神社を突っ切ります」



 鈴鹿は走る。


 次の瞬間。

 和希はぐいといきなり腕を引かれた。つんのめったその頭上を、勢いよく何かが通過する。


(…………!?)


 走りながらチラリとそちらに目を走らせると、建物の壁に、弓道で使うらしい矢がぶっすりとささっていた。


 しかも後ろ。

 血相を変えたお下げ髪のセーラー服姿の少女が、車の後部座席の窓から思い切り身を乗り出して、弓に矢をつがえている。

 か細い腕。顔はたぶん美人な作りなのだろうが、形相がえぐすぎる。


「……………………………マジか」


 二矢めが、和希と鈴鹿の間を通りすぎていった。


 大文字送り火の際にこっそり火を焚いて『犬文字』にしたり、毎年意味のわからない創立者像を立てたり、卒業式で仮装したり、授業に仮装で乱入したり、京都にバカな学生(かず)あれど、自動車で流鏑馬(やぶさめ)する阿呆アホウなんて聞いたことない。


 とかそんなことを突っ込んでいる場合ではない。


 弓矢は、鉄砲が日本に入る前は、最も人を殺せる武器だった。

 頭蓋骨ぐらい軽く貫通する、とも聞く。

 そんな物騒なものを京都の町中でぶっぱなすなんて。

 流れた矢でも人を殺しかねない。


 心底いらりとした和希は、足元の石を拾った。

 車は、少女の指示にしたがってゆるゆる一定のスピードで走る。

 その少女の眉間ど真ん中を、和希が投げた石が痛烈に打つ。


 悲鳴をあげて車から落ちそうになる少女を、車の中の人間がかろうじて支えたらしい……その隙に、和希は鈴鹿の手を掴み、走った。


 向かうは下鴨。

 ただし下鴨神社ではない。

 


◇◇◇



 汗だくの鈴鹿と和希が倒れ込んだのは、上泉邸の庭であった。


 門を閉めると、そのまま2人してその場にへたりこみ、ただただ、肩で息をした。

 ただ軽くロードワークをしていただけなのに。

 何が起きたのかまったくわからない。

 しかし、ただ、あの制服とあの少女には見覚えがあるような……。



「………ここは、ご実家ですか?」



 和希より一足先に息を整えたらしい鈴鹿が、屋敷を見ながら的はずれなことを言う。


「下宿先」

 です、を言う前に、かろうじて止めた。


「有数の名家の家だから、さすがにあの趣味の悪いケンタウロスも入って来れないと思う」



 言いながらさっきの少女を思い出して、気持ち悪くなった。

 下半身が馬ならともかく、車って。車って。



「すみません、巻き込んで」


「あれは……」

 和希はその先をいいかけて、やめた。


 気づいた。あれは、我らが母校のセーラー服だ。


「すみません、あれは……」


 そして、顔も、和希はようやく思い出していた。

 名前は忘れたけど。


「高校の後輩です」 和希の同級生だ。



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