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京都学生格闘譚  作者: 真曽木トウル
第2話 傾城のアドーニス
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傾城のアドーニス(8)

◇◇◇



(…………なのに、なんでこの人まだ来ているんだろう……)



 梅雨時というのに、奇跡的によく晴れた6月の後半。


 グラウンドでの、走法の練習日。

 女子に相変わらず絡みつかれている鈴鹿を、距離を置いて盗み見しながら、和希は心中ごちた。


 鈴鹿尋斗が初めてサークルの見学に訪れた日から、2週間が過ぎていた。


 なぜか鈴鹿は、引き続きサークルの見学に来ている。格闘サークルでもなく、彼が見るべきものは何もないと思われるここに。


 そうして、週に1度、鴨川河川敷のふかふかの芝生の上で練習する日には、また何故か和希を組手(スパーリング)に誘うのだ。



 初日にいきなり和希とスパーを始めたのを見て、周囲の面々は何だコイツはと引いたのではないだろうか?と和希は思っていた。


 しかし、初日は少し距離を置かれ気味ではあったが、2回目彼が来た時にはもう皆忘れたように、彼の顔に見とれていた。

 時々休憩時間も、周囲の女性陣を無視して、ストレッチやら型の一部らしきものやらやっているのだが、それをしているときは皆邪魔しない。


 本当なら3回生の年齢なことも皆もう知っている。

 地元から通える別の大学に一度入ったが、ゆえあって辞め、新たに受験して大学に入り直した、と。


 あまりの美貌ゆえに、彼が少々人と違ったり、人の目を気にしないことをしたりしても、逆に、何か深い理由あってのことと見られるというか、ミステリアスに捉えられているようだ。



(高校の時と同じだ)



 和希は思う。

 全体的に神聖ニシテ犯スベカラズ扱い。

 単純に顔がものすごく良いだけなのに、中身はわりと普通なのに。かつ、その容貌よりも、希少かつもっと尊くて妬ましいものも持っているというのに。



「和希さーん!」



 母校ジャージ姿の慶史に話しかけられた。

 その後ろに、1回生、神宮寺がついている。顔色が悪い。


「すみません、フォーム見てもらえませんか? 俺と、神宮寺も一緒に」


「………ああ」


 和希はうなずいて、2人の方に歩く。


 慶史も皆と同様、鈴鹿の容貌については称賛せざるを得ないようだ。『いやもう、ちょっと直視しがたいです』とは慶史の談。

 しかし他の者と違うところがあるとすると、鈴鹿が来て以来、露骨にならない程度に、神宮寺にできるだけ話しかけようとしているところだろうか。



「ほら、神宮寺」


「あ、はい……」



 慶史に促され前に出るが、しかし、ふっ、と神宮寺が目をそらす。和希の背後には、鈴鹿がいる。遠目にも視界に入れるのがつらかったのか、と、和希は勘ぐった。


 鈴鹿が来て以来、明らかに、『超イケメン』神宮寺が元気がなくなっていた。


 確かに、時期を同じくして、神宮寺の周りにあれだけいた女子たちが、ほぼ彼の周りにこなくなってしまった。

 変わらず話しかけてくるのは、神宮寺イケメン化に貢献した3回生の女子の先輩ぐらいで、それも、頻度は減った、という。



『そりゃ、あれだけ本物のイケメンが来たら仕方ないですし、気持ち悪いって言われないだけマシなのかもしれないですけど……』

と、呟いていたのも聞いた。



 卑屈に聞こえるが、神宮寺にはこれまで浴びてきた罵倒のこともある。

 人間、否定的な言葉をたくさんあびせられれば生きる力を根こそぎ奪い取られる。

 思春期に容姿への侮辱を繰り返されれば、卑屈にもなるかもしれない。


 加えて、周囲の人間の手のひら返し。

 大事にされて、『生きててよかった』と思えた直後に、その者たちに距離を置かれれば。


 大体、『超イケメン』『神イケメン』って何だ、って話だ。

 他の男たちは女たちに選ばれる土俵にも乗っていないくせに、なぜわざわざ、鈴鹿の顔と神宮寺の顔に優劣をつけてみせた。

 褒めていようが何だろうが、結果、神宮寺だけが、鈴鹿と比べられ鈴鹿に劣るとされている。



「20メートル、ダッシュで走ってみて」



 和希が神宮寺に言うと、自信なさげにしていたが、思ったより悪くないフォームで走っていく。慶史より綺麗かもしれない。

 言われれば真面目にやる。遅刻もしない。評価すべきところは見た目以外にもあるのに。


 一方で。


 不穏な空気は、鈴鹿の周囲の女子同士の間にも起きていた。


 和希は他の同性たちともやや距離を置いているので、気づくのが遅れたのだが、既に、鈴鹿をめぐって、対立が起きているらしい。この前は、女子更衣室でとっくみあいの喧嘩が発生していたのだとか。


 ならば、鈴鹿にしばしば組手に誘われている和希についても何かアクションがあるかというと、少なくとも直接和希に何かを言ってきた者はいない。

 しかし日比谷や新橋に、和希のことを悪し様に言う娘がでているとか。また、SNSや匿名掲示板で、サークル内部の人間らしい中傷書き込みがしばしば書かれるようになった。ネットストーカーからの自衛のためエゴサしている和希にとっては、地味に心を削られる。



 もちろんだが、別に『女』が悪いわけでもない。


 生身のイケメンで『女』を釣れば、生身のイケメンに食いつく女が来る。食いついてきてみれば思いの外ライバルが多いなら、戦闘的にもなる。『男』を美女で釣ったときも同じだろう。



 ――――――周囲を狂わし為政者の道を誤らせるほどのたぐいまれなる美しい女を指して、傾城の美女、とか、傾国の美女、という言葉がある。


 和希はその出典となったものを知らないが、中国人四大美女のうち3人が、呉を滅ぼすため送り込まれたとされる西施、呂布に董卓を殺させた貂蝉、玄宗皇帝に寵愛されすぎて乱を引き起こしたとされる楊貴妃。というあたりからも、昔から大衆はそのようなエピソードを好んでいたのだろう。

 日本の玉藻の前と、殷の紂王を虜にした妲己と、インドの班足太子の華陽夫人が皆同じ九尾の狐であるという噂さえあるほどだ。


 翻って男性はどうか。ギリシア神話では美貌ゆえにゼウスにかっさらわれたガニュメデスとか、己の姿に恋する呪いをかけられて死んだナルキッソスなどは聞くが、その美貌で国を狂わせた男性の話は聞かない。



「……和希さん」


「ん?」


 慶史に声をかけられる。

 いつも通り何気なく。ただ、いつもより声がゆっくりな気がした。


「鈴鹿、聞いたら、和希さんと同じ高校でした」


「………………」へぇ、と、とぼけるという考えも浮かんだが、やめた。


 多分慶史なりに、ここしばらくよく考えた上で声をかけている。


「あとでお時間頂いても良いですか?」


 和希はうなずいて、遠くにいる鈴鹿を恨めしく見やった。



◇◇◇


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