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京都学生格闘譚  作者: 真曽木トウル
第2話 傾城のアドーニス
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傾城のアドーニス(7)




 鈴鹿と向かい合い、再び和希は足を上げる。

 先ほどより微妙に間合いを取る鈴鹿。一度腹に食らったことで、和希の横蹴り(ヨプチャチルギ)の間合いを覚えたらしい。


(だったら)


 軸足を前にスライドさせながら、和希は蹴り足を上に伸ばす。

 上段横蹴りノブンデヨプチャチルギの形で足刀が鈴鹿の顔に触れ、一瞬観衆がどよめく。

 鈴鹿は動じず、顔をひねって和希の足を外しながら鋭く踏み込む。

 和希のわき腹に、中段逆突き。

 ギリギリ届いた、というに近い。当ててすぐ鈴鹿は引く。速い。


(……だけど)


 和希も足を一度引いていた。膝を中心に回した足は、鈴鹿の腕をかいくぐる。コンパクトな回し蹴りで、つま先をわき腹に蹴りこむ。

 鈴鹿の眉がピクリと動いたのが、スローモーションのように見えた。

 その蹴り足を下ろして地面につく前に、振り子みたいに、後ろ足を振り上げる。


「…………ッゥッ!」


 シンプルなミドルキックを腹に沿うように叩き込んだ。

 初めて声を出させた。


 そうして和希は再び距離をとる。


 鈴鹿が左前、和希が右前、いわゆるオープンスタンス。

 後ろ足の蹴りが相手まで遠いため、後ろ足の蹴り単体で使うのは難しい。

 背面への攻撃は反則である。

 体勢的には、より体が前を向いていて、かつ直線の蹴りの間合いに劣る鈴鹿が圧倒的に不利だといえる。

 今の今まで和希が鈴鹿を圧倒しているのは、そこが大きいだろう。リーチの差もある。

 鈴鹿も、男にしては顔が小さく手足が長い体型だったが、それを和希は上回っている。



 とはいえ。


(……さすがに、気づくだろうな)


 今回はKOなし(というかさすがに出来ない)のノンストップ2分。

 さすがにそろそろ、鈴鹿はテコンドーの弱点にも気づくだろう。



 和希が、基本的に極力短い時間で相手をKOしようとするのは、2つ理由がある。

 1つは、相手が男の場合、闘いが長引くほど筋力差と体の頑丈さの差が響いてくるから。

 2つめは、こちらの弱点に気づかれる前に仕留めたいから。


 通常和希は、相手に合わせ複数の格闘技を組み合わせて、弱点を極力カバーする闘い方をする。


 しかし、今の和希は、鈴鹿の知る後輩ではないふりをするために『テコンドー家』でいる必要がある。


 鈴鹿の足が、少し大刻みにステップを踏み始めた。


 来る、と足を引いた瞬間とんでもなく速いローキックが和希のすね先をかすめていった、と思ったらその足をそのまま下ろして軸足として、和希の頭を上から撃ちおろすハイキックが襲う。

 思わず、とっさに肘で迎撃し、すこし鈴鹿が痛そうな顔をしたが、和希はそのまま距離を取る。


 ぞくり、と原始的な感情が背中を撫でる。


 周囲がどよめくのが聞こえた。

 だろうな。と和希は思う。

 さっきのは、加減しなければKOできた蹴りだ。KOが許されているならば。


 テコンドーの弱点に気づいたのらしい鈴鹿は、また、大刻みなステップで機を伺う。



 …………大正解。



 テコンドーは重心が高くなりがちで、回転系のものなどバランスが繊細な蹴りが多く、競技ルールにローキックがない。

 すなわち。弱点は足元だ。

 シンプルにローを蹴る。足を払う。そういったことに非常に弱い。

 下段を蹴り上段を蹴る、という、ごくごくシンプルなコンビネーションに和希が対応し損ねたのも、そこにある。


 普段の和希ならばここで、自分も下段に対応できる、と示す。相手のローをカットしまくったり、自分もローを蹴れると見せつけたりするところだ。

 しかし今日はそうしない。


 すべての集中力をかたむけて、鈴鹿を見る。ローを警戒されていると思ったか、上段突きを打ってきた。


 和希は跳んだ。


 瞬間的に跳び回りながら、うしろに足を伸ばす。

 鈴鹿の腹を蹴り、大きく距離を取って着地した。

 跳び回転後ろ蹴りティミョトラティッチャチルギ

 ものを壊す演武などでも使う、破壊力の高い蹴りのひとつだ。


 これも鈴鹿は食らったことがないはず。

 さすがにすぐにはローを蹴りに来れないらしい鈴鹿に、和希は再び跳躍した。


「!?」


 面食らう鈴鹿の顔にワンツーを撃ち、着地とともに、肩にかかと落とし(ネリョチャギ)。対応できない鈴鹿。

 跳んでパンチを打つ、ティミョチルギも初見だろう。かかと落としはどうかわからないが、慣れてはいないはずだ。

 鈴鹿が知らない、鈴鹿が見たことがない蹴りを、和希はまだまだたくさん持っている。

 ローを警戒しながら、それを蹴って蹴って蹴りまくる。


 そう決めて、再び距離を取った和希。

 ふと、鈴鹿の動きが変わった。

 再び、小刻みに。

 そうして、和希の顔を穴があくほど見つめる。


 ………ああ、と、和希は鈴鹿の意図を察した。


 和希が今回鈴鹿に勝つことが目的ではないように、鈴鹿も、和希に勝つことが目的ではない、ということか。

 これは、一番得意なものを狙っているときの鈴鹿だ。


 一応こちらも蹴りなど撃ってみるが、ディフェンスに力を割いているせいか鈴鹿はうまくさばく。


 そうして、虎視眈々と機を狙っている。



(………相変わらず、人を追いこむのうまいわ、この人)



 いまここで試されているのは、和希の技量でも強さでもない。

 強いて言えば、どれだけ腹をくくれるか、だ。


 本当にもう。

 こんなに強い男には、大学で出会いたかった。


 和希は、また足を自分の前に構える体勢に戻った。

 鈴鹿は変わらず冷静にこちらをよく見ている。

 和希が蹴りを探るように撃っても、辛抱強く、その時を待つ。


 ………和希が足を前に下ろした。


 その瞬間、視界から鈴鹿が消えた。




「………ッ」うめいたのは和希。




 鈴鹿がいたのは、和希の懐。

 瞬間的に身を沈め。

 和希のみぞおちに、中段逆突きを突き込んだのだ。


 鈴鹿が一番得意で、高校の頃も何度も何度も食らい、腹が立ったので対策を試行錯誤して、最終的には絶対に食らわなくなった、その中段逆突きが、何年ぶりかで和希の胃に刺さっている。



「時間です」



 慶史が声をかけた。

 鈴鹿が体を引き、和希も一歩足を引く……と思ったら、よろめいた。

 それはそうだ。

 鈴鹿の本気の中段逆突きならば、あれだけ綺麗に食らえばしばらく立っていられない。

 だいぶ鈴鹿は加減していたようだが、痛い。息が、つらい。


 わざと食らうなんて、もう二度とごめんだ。



「ありがとうございました」



 和希はテコンドー式の、鈴鹿は空手式の礼をして、2分間のスパーリングは終わった。

 2人とも防具を外し、マウスピースも外す。


 鈴鹿は外した防具のバンドをくるくる巻き、丁寧にまとめると、

「ありがとうございました」と和希に差し出した。


「あ、はい。お疲れさまでした……」


 まだ胃が苦しい。

 和希は防具を受けとると、自分の荷物のもとに行き、しまっていた袋の中に、無造作に突っ込んだ。


「大丈夫でしたか」


 うわびっくりした。また鈴鹿が気づけば近くにいた。


「最後の中段」


「…………大丈夫」


 和希は、よき先輩を装い、ひきつる顔の筋肉をどうにか笑顔に動かしてみせた。

 鈴鹿尋斗め。

 中段突きをあえて撃って、こちらが避けるかどうかを見てやがった。

 でも、さすがに、ここまで完璧にやりきれば、彼の中での疑いはとけただろう。

 目の前にいるのは、『テコンドー家』の『三条和希』。

 鈴鹿の知っている後輩では、ない。



「最後に、ひとつ聞いてもいいですか?」


「え? あ、ああ……」



 笑え、笑え、と自分に言い聞かせながら、和希は、鈴鹿の次の言葉を待った。




土方ひじかたという姓の親戚はいませんか?」




 和希は、首を横に振る。




「そうですか……」 鈴鹿が初めて、ため息をついた。


「わかりました。では」


 ようやく、鈴鹿が和希に背を向けて。離れていった。



◇◇◇

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