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京都学生格闘譚  作者: 真曽木トウル
第2話 傾城のアドーニス
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傾城のアドーニス(6)

◇◇◇



『相手、頼めるか?』



 あの頃、いつも鈴鹿は、気が付くと自分の目の前にいた。


 こちらには、決して目立つわけにはいかない理由がある。

 彼が悪いわけではないが、いつでもどこでも注目の的である鈴鹿尋斗とは、正直、接触は最小限にしたかった。

 だから、道場の中でも、できるだけいつも、物理的に彼から遠いところにいたつもりなのに。

 どう、こちらの気づかぬうちに距離を詰めるのか。

 気が付いたら、目の前にいるのだ。


 基本フルコン空手の組手は素手・素足だが、彼は決まって、拳サポーターを付けた状態でいた。

 それはつまり、禁じられている『手技による顔面攻撃』もありで闘いたい、と、そういう意味だ。

 あの、一度見たら忘れられない目で、こちらを見据えて、組手を申し込むのだ。



『…………少し、待ってください』



 もしかしたら、こちらにも拒否権はあったのかもしれない。

 ただ、結果からいうと、苛立ち気味に毎回その申し出を受けていた。


 せっかく距離を置いているのに、この先輩は人の迷惑考えているのか、という怒り。

 私を巻き込むな、という怒り。

 返り血が目立たないから愛用していた、黒いオープンフィンガーグローブを素早くつけて。

 絶対顔面殴る、泣かしてやる、と心中でつぶやいて、鈴鹿尋斗と対峙した。


 そんな、高校時代の、嬉しくもない思い出。



◇◇◇



「お相手、お願いできますか?」



 低い低い声がすぐ近くで聞こえた。

 顔をあげると、目の前に、完璧野郎の顔がある。


 予想通り、鈴鹿の周りには最初からずっと、肉食系の女子新入部員たちが固まっていた。

 和希は和希で、とにかく、鈴鹿から遠い方へ遠い方へ、避け続けていた。


 なのに。

 主将が休憩を皆に告げたほんの数秒後、鈴鹿はいつのまにか、女子たちの拘束を抜けて、和希の目の前にいて。

 他の誰でもなく、和希に声をかけたのだ。



(………この人、一体どんな手品を使ったんだ?)



 思わず、そう思ってしまう。


 和希に対して敬語を使っているのは、和希が2回生であり先輩となるからか。


 和希以外の者たちは、きょとん、としている。

 鈴鹿の発した言葉の意味をわかりかねているようだ。

 格闘経験者であれば、組手に誘ったのだと誰でもわかる。


 自分も、鈴鹿の言葉の意味がわからない振りをするべきか。

 一瞬迷ったが、日比谷や新橋の様子を見ると、和希が格闘家なことを既に鈴鹿に話している可能性がある。

 まだ話していなくても、すぐに話すかもしれない。

 何か不自然なことを和希が言えば、怪しまれるだろう。


 しかし。今回は意図せずではないにしても。受けて立つしかない状況に人を追い込むのが、この人はどうしてこううまいのだろう、と思ってしまう。

 さてどう答えよう。



「女 だ け ど 、 大 丈 夫 ?」



 和希が返した言葉に、そばにいた慶史が不思議そうな顔をした。

 確かに、普段の和希ならば、絶対に言わない言い方だ。高校のときの自分もそうだ。

 だからこそ、こんなセリフを吐いたのだ。



 眉一つ動かさず、コクリと鈴鹿は頷く。

 皆、あっけにとられ、こちらを注目している。



「さ、三条。ケガはさせるなよ…」



 ようやく、日比谷が状況を把握した言葉を口にした。

 そもそもここは、格闘サークルではないし、突然組手が始まるようなノリでもない。そこのところは申し訳ない。

 和希は、自分の荷物のもとに歩いた。

 着替えと一緒に持ってきていた練習道具袋を、ひっくり返す。


 地面に転げ出た様々な道具の中に、ITFテコンドーのスパーリング時に手足につける防具があった。2人分。

 バンテージなしで拳につける小ぶりなグローブ、足先からカカトまでをすっぽり包むクッション入りのプロテクター。

 それぞれ、青色と赤色でセットになっている。



「テコンドーのものでも大丈夫かな?」


「かまいません」



 鈴鹿は、裸足のまま和希のもとに近づいてくると、青のほうを選んで取った。

 ああ、問答無用で男は青、と。こういうところも好きじゃなかった。


 和希は自分のバッグからマウスピースを取り出すと、カポリと口に入れた。

 しかし鈴鹿は持っていないのでは、と思ったら、履いていたジャージのポケットからマウスピースのケースを出す。周到なことだ。


 防具の着け方を教えようとしたが、鈴鹿は特に問題なさそうに両手足自分で着けてしまった。



「ルールは? 上段蹴り、下段蹴り、どちらもありで大丈夫?」


 鈴鹿は頷く。


「上段突きは?」


「ありでお願いします」


「肘、膝、掴み」


「ありで」


「ファウルカップ(股間の急所用の防具)ないけど大丈夫?」


「かまいません」


「審判いないので、ノンストップで2分。

 反則は、目、喉、頚椎、背面、金的、足踏み、っていうところで良いですか?」


「はい」


 

 和希は息をついて、日比谷と慶史に声をかけた。



「すみません、2分頂きます。

 ごめん慶史、時間はかって」



 日比谷が、「あ、ああ」と頷き、慶史が携帯を取りに走る。

 ようやく、空気を察し始めた皆が、鈴鹿と和希を遠巻きにし始める。



「あの、和希さん。

 挨拶と合図は?」


「礼、準備、はじめ、で適当にコールを。

 ラスト10秒と終わりで、声かけて」


「え、あ、はい!」



 慶史がコールをすると、鈴鹿は、記憶にある通りの、構えをしてみせた。


 左足を前に、スタンスは前後にやや大きく、両手は中段のあたりに。脱力しているようで上段でも中段でも狙える形。

 フルコン空手ではない。いわゆる伝統派空手の構えだ。


 しかし、和希は、鈴鹿の知らない構えをしている。


 右足を前に、足をほぼ完全に前後に、体を横に向けた横身の構えに、両手を完全に脱力してだらりと垂らす。



 大丈夫。

 この人は()()()()()()()

 『ITFテコンドー』の

 『三条和希さんじょうかずき

 なんて人間は。



「はじめ!」



 慶史のかけたコール。


 鈴鹿が、わずかにステップをふむ。一息で、ものすごい距離を詰めてくる。

 相変わらず起爆力のある足腰だ。

 鋭い追い突きをわずかに顔をそらしてよけ、カウンターに後ろ脚の回し蹴り(トルリョチャギ)をぶちこむ。と思ったら、もう下がっている。追い突きなんて前への勢いをそうそう止められないものだろうに。


 距離を詰めるのも速いが、後ろに下がるのも恐ろしく速いのだ、この人は。

 そして、じっくりとタイミングを見極める癖がある。

 間を読まれた瞬間、仕留められる。



 和希は前足を胸近くまで上げる。

 鈴鹿が、わずかに眉を上げる。


 蹴るでもなく、片足を高くあげたまま、敵の前に立つ。

 その異様さに判断に迷ったのであろう。

 だが、これはITFテコンドーの定石の一つである。

 自分の体の前に構えたこの足は、たてである。そして。



「ッ!!!」



 入ってこようとした敵の腹に突き刺す、槍でもある。

 和希の蹴りを食らいながらも、鈴鹿は反射的に突きを返そうとするが、残念ながら和希の足にとめられて腰が回せないし、横蹴り(ヨプチャチルギ)の間合いでは突きは届かない。


 鈴鹿の体を突き放しながら、和希は距離をとった。



「三条、手加減しろ!」



 日比谷が怒鳴る。


 手加減? 馬鹿かと思う。

 この男は強い。ただ、初見の蹴りに対応できなかっただけだ。

 そして和希は、鈴鹿にとって初見のものをあえて使った。


 手加減など一切しない。

 確信させないまま、そして()()()()()()()()()()、終わらせてやる。


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