傾城のアドーニス(2)
◇◇◇
「……サークル、行きたくないなぁ……」
「こどもみたいなこと言わないでくださいよ」
初夏の大学構内は、木々の緑が眩しい。
4限目終了後、背の高い校舎の間を重い足取りで歩き、サークルの部室に向かいながら、和希は後輩の今井慶史にわがままを言っている。
「サークルに人が増えて良かったじゃないですか。
しかも女子ですよ?」
「こういう増えかた、まったく嬉しくない。
もう21世紀入って結構たつんだから、みんなとっとと無駄な恋愛至上主義から自由になろうぜ」
「まぁまぁ…人が人に何を求めてるかなんて、本当に人それぞれですから。
サークルに入るのだって、友達作りが目的な人もいれば、居場所がほしい人もいれば、出会いが目的な人もいますよ。
恋愛も、幸福追求権のひとつです」
2回生の和希を、1回生の慶史が正論で諭しながら歩く。
これがここしばらく、この2人のお決まりであった。
────三条和希と今井慶史。
学年が違うわりに距離の近しい2人だが、出会いはほんの2か月前である。
4月の頭、和希の所属サークルに慶史が入部した。
和希が慶史の教育係になった。
そこまでは普通の先輩後輩だったが、かつての敵から和希が逃げたり闘ったりすることになり、慶史がそこに巻き込まれた。
(『傷だらけの関係を君と。』参照)
2人は、どうにか協力して問題を解決したが、修羅場に巻き込まれていた4月の後半から5月の半ばにかけて、2人とも、サークルにずっと、出席できなかった。
そんな2人がようやく久しぶりにそろってサークルの練習に出たのは、いまから3週間前。
5月も半ばを過ぎた、天気のいい、少し暑い日だった。
すっかり、新勧の時期は過ぎてしまったが、新入生は最終的にどれぐらい入ったのだろうか。
先輩たちは、長らくの欠席を怒っていないか。
色々他愛ないことを話しながら、2人は、その日の練習場所である農学部のグラウンドに行った。
和希のサークルは、主将、副将と、比較的出席率のいいメンバーは全員男である。
主将のキャラゆえに若干むさくるしい空気だが、慶史はその空気を気に入っているようだった……のだが。
『………なんだこれ』
活動場所に着いたとき、おもわず和希の口から変な声が出た。
『なんで、こんなに女子が……?』
慶史も、おもわず立ち尽くして、ぽろりとそんな言葉をもらしたのだ。
そう、同じサークルとは思えないほど、女の子ばかりであった。
新入生の新入部員?
同性が増えることは、女である和希にとって望ましいはずだが、何だか様子が変だ、とその場で感じた。
どちらかというと、望ましくないほうのにおいがした。
『すごい、人が多いですね。いつの間に?』
慶史はのんびりとそんなことを言ったが、空気はあきらかに、以前と違っていた。
女性陣も、女子が増えたことに浮かれぎみな部長・副部長の態度も、和希の男子同級生たちの顔も、ひどく締まりがないのだ。
その中で、とりわけ多くの女子に囲まれていたのは、ひょろ長い印象の1人の男子学生だった。
『あ……久しぶり!』
女子の人垣の外から、慶史が大きな声を彼にかける。
彼はこちらを見て、こくん、と会釈した。その顔を見て和希も彼を思い出す。
確か、和希たちが練習に来られなくなる前、見学に来ていた新入生の1人だ。
しかし服装、髪型がだいぶ変わった。
イケメン化しているというのか、大人っぽくオシャレになっている。そして、彼の周囲には、女子、女子、女子。
練習が始まっておかしくない時間だというのに、浮かれぎみの部長・副部長も気がついていない。
『………なんだろう、これ』
『何なんでしょうね』
和希は慶史と短く言葉を交わした。
────その日の練習後。
サークルのメンバーで行った夕食の席のあと、和希は野郎どもを食堂の出入り口でつかまえた。
自分がいない間に何が起きたのか、詳しく話せと男子たちに問いただす。
『あ、あの、神宮寺といいます……』
例のひょろ長いモテモテ新入生は、語尾に向かって小さくなる声で、そう和希に名乗った。
続けて、彼は語る。
『生まれてこのかた女子にモテたことはなくて……いえ、それどころか、なぜかずっと女子に嫌われてきました』
何でも、
『厚い唇がキモい』
『不健康そう』
『目付きが犯罪者っぽい』
『告ってくるなんて頭おかしい』
と散々な言葉ばかり投げ掛けられてきたそうだ。
それがトラウマになってしまい、大学に入っても、女子が怖くて、できるだけ大人しく目立たないように、かつ、異性と距離を置こうとしていた、らしい。
『できるだけ女の子が少ないサークルがいいなと思って……ここは三条さんがいらっしゃいましたけど、ほとんど今井くんとだけ話していて、僕とは接点がなかったので……。ここなら、大丈夫かな……と』
そうして神宮寺は入部届けを出したそうだ。
しかし、そんな神宮寺に目をつけたのが、3回生の副部長、新橋。
正確には、神宮寺の、182センチの長身に目をつけた。
『男のカッコよさなんて、8割身長なんだよ』
と、和希と同じ身長の新橋は言い切った。
『背さえ高ければ絶対に何とかなる!!!』
……で。
なんと新橋は、その信念のまま『神宮寺イケメン化作戦』を強行したらしい。
服を買うのに付き合ったり美容院に連れていったり姿勢を直したり美肌を追求したり。その他諸々、と。
『そしたら!
ほら、こんな超イケメンになったんだよ!!』
神宮寺の顔を和希の側に向けながら、新橋はドヤ顔した。
『これだけの超イケメンが居てくれるから、幽霊部員も帰ってきたし、神宮寺を見かけた女子もどしどし入ってくれるし、見学にも来るし! いやほんとありがたいよな!』
『……えっと……僕、役に立ってますか……』
『うん。めっちゃ、役に立ってる!』
女子を集めるという点のみでだけどな、という辛辣な突っ込みを入れたくなったが、和希は胸にしまった。
役に立ってると言われて、神宮寺があまりに嬉しそうに笑うから。
確かに、ここ1か月近くも出席できなかった和希には何を言う資格もないかもしれない。
いや、しかし、だ。
和希は、一言も発していない部長へと目を向ける。
サークルの部長は、日比谷という名の、大柄な3回生の男。
普段は和希と対立したりぶつかったりしてばかりだが、少なくとも、新橋よりも和希よりも、真面目で良識的な人間のはずだ。
別に、超イケメンが悪いわけでも女子が多いのが悪いわけでもない。空気の問題だ。
部長として、一言二言、呈する苦言もあるだろう。さぁ、本音を言ってください部長。
『………いや、部員が入ってくれるのは、ありがたいな………』
和希の視線を感じて、ぽつりぽつり、なんだか言い訳がましい口調で言う。
あんた、そんな小さな声でしゃべる男だったか? という目で和希がジトッと見ると、目をそらしやがった。
おい部長。
サークル練習中の様子を思い出してみれば。
そういえば、この人も、かわいい新入生の女の子相手に、やたらかっこつけて話しかけていたような…………
と、思い出したところで、ガックリと力が抜けてしまった。
『どうしたの?
三条こそ、女子がたくさん入って嬉しくないの?
そりゃ三条とは多少タイプが違うかもしれないけど。
今までうちのサークル、男ばっかりで、三条やりづらそうだったじゃん?』
新橋が、きょとん、とした顔で言うにあたり、和希は色々と諦めた。
『いえ、もういいです。
しばらくサークルに顔を出さなかった人間に、なにも言う資格はないので』
ただちょっと、と、和希は胃の辺りを撫でた。
『こっちのトラウマを思い出しただけなので』
◇◇◇




