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京都学生格闘譚  作者: 真曽木トウル
第1話 武神を継ぐ少女
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武神を継ぐ少女(1)




 風を巻き起こしながら迫る、丸太のような脚。

 イビツな砲弾を思わせる、凶悪な(こぶし)

 つぎつぎ襲いくる重量級の打撃を、ひょいひょいかわしながら地面を蹴ると、玉砂利(たまじゃり)がキリリと音をたてた。



 京都、下鴨(しもがも)



 そこは、見事な巨石と枝振りの美しい松が(いろど)り、鏡のような池には鯉が泳ぐ、和の粋を尽くした素晴らしい庭園だった。

 雲一つない青空のもと、丁寧に手入れされた玉砂利が、まぶしく輝いている。



 なんとも珍妙なのは、そんな風雅な場所にまるで似合わぬ、殺気だった男女が、石を踏みしめて対峙(たいじ)しているということだ。

 まるで果たし合いのように。



「このぉ……

 逃げてばかりいやがって。

 ひきょうものぉ…」



 正確には、殺気だっているのは先ほどから攻撃している大男のみ。

 涼やかな顔で避けている女は、汗ひとつかいていない。



「おい、お前…男か?女か?

 ついてんのか?どっちなんだよ」



 追い付けない大男は、陳腐な言葉で相手を罵倒した。


 そもそも二人の服装の温度差たるやすごい。

 大男はこれ見よがしに(そで)を破いた道着に身を包む。

 (おのれ)の武をひけらかしているよう、いや、どちらかというと漫画と言った方が近い。足元が素足でも下駄ではなくごく普通のスニーカーなのが、コーデとしては致命的か。


 一方の、前髪の長いショートヘアの女。

 たったいま大学から帰ってきましたとでもいうような、男物のジーンズにポートネックのTシャツ。

 172cmの長身。

 漆黒の髪。

 大粒のアメジストのような、深い紫の瞳。


 シャープな顔立ちは、確かに相手が罵倒したとおり、胸さえなければかなりの美男子かと一瞬見まちがいそうである。


 沈みこむ安定しない足元に、男は苛立つように足踏みをしている。

 一方、黒髪の女の足裏はしごく安定している。

 まるで、足場の悪いところでの戦闘には慣れているかのように。


 男が彼女に向けて石を蹴りとばした。

 当たるか当たらないかの微妙なとびかたをしたその石を、ひょいと彼女は避ける。

 2つめの石を蹴る。

 それはあさっての方向に飛んでいく。


 女の表情は動かない。

 それを卑怯とは思っていないからだ。


 石は古来(こらい)戦場でも重用される、最も手軽で、そこそこ恐ろしい武器だ。

 この庭園が闘いの場として示されたときから当然、使われることは想定している。

 しいて言うなら、コントロールもなしに蹴りつけるぐらいなら拾って投げれば良いのに、と、思うぐらい。



「コイツ……!!」



 距離を一気に詰めるべく、大男が彼女に向けてまっすぐ突進してきた。

 突進とは、一見愚直に見えるが、自分が体格に勝る場合はそんなに悪い手ではない。押し勝つ、というのは喧嘩の基礎の基礎だ。

 大男と女の体重差はおよそ30kg以上と思われた。体重と突進力で押す。女の軽い体では止められないだろう。押して殴って蹴って押して心を折る。

 男としては、合理的で堅実な勝ちを選んだつもりであったろう。



 ただ、残念ながら、相手が悪かった。



 あと一歩で女に拳が届くというところで。

「ンゥ!?」

何が起きたのかわからないままに男は空を(あお)ぎ、玉砂利の上に音を立てて崩れ落ちた。


 一瞬で身を沈めた女が、ぐるりと地面すれすれを回し蹴った。その鋭い後ろ回し蹴りのかかとが、浮きかけた大男の足を(すく)い、倒したのである。


 女は、男が握りしめた拳を両手で封じると、

「ゥぐぼッ」

男の悲鳴もかまわず両手の力でひねりあげながら腕をまたぎ、男の首に足刀を突き付けた。


 男が拘束されているのは片腕と首のみである。

 そして上を向いている。

 一見すれば、力で抜け出せるのではないか、と見える。

 大男もそう考えたのだろう。

 何度も、何度も、身をよじった。


 しかし、急所の喉元をかかとで体重こめて踏みつけられ、腕は伸ばし切って固められて肩ごと動かせず、女の手足から逃れようと暴れれば暴れるほど苦しむこととなった。



 やがて、男は空いている方の手で、地面を激しくたたく。


 タップ、すなわち、降参(こうさん)の意思表示である。



「おおおおおおお!!!」



 こどもの甲高(かんだか)い声が、庭園に響き渡る。


「すごい、すごいすごいすごいすごい!!」


 あどけない少女が、玉砂利の上をチャリチャリ音を立てて走ってくる。

 10歳にしてはかなり小柄な体、肩の長さのサラサラの髪を振り乱し、将来美人になるだろう顔を紅潮させて、駆け寄ってきた。



「勝者、三条和希(さんじょうかずき)

 すごい!ものすごくカッコよかったぞ!」



 大きな声の少女に、三条和希と呼ばれた女は、こく、と、会釈(えしゃく)する。

 少女は和希の手をつかみ、興奮のあまりぶんぶんと振った。



「お疲れさま! お茶とお菓子がある。

 次の試合までゆっくりしろ。

 他の候補の試合を見よう!」



 そう言って、アイドルでも見るようにキラキラした目で和希を見つめ。

 和希の長い腕に、細柔(ほそやわ)らかい手を絡め、ぐいぐいと、建物の方へ誘う少女。


 彼女の誘う先には、和風建築の屋敷が待っている。


 その縁側に、何人かの男たちが控えていたが、その中に、木の棒杖(ぼうじょう)を大事に膝に置いた、やや背の高い、メガネの少年がいる。

 彼が、安堵(あんど)したように表情を緩めて、和希に向けて首をこくりと振った。

 和希も彼の顔を視界に入れてほっとする。


 一方、倒れた男は、その場に控えていた大人の男たちが助けおこしていた。





「お疲れ様でした。

 和希さん。ケガはありませんか?」



 建物に戻るとようやく少女から解放された和希に、メガネの少年がそっと寄ってきた。

 服装は和希と似たり寄ったりで、ごく普通の高校生だか大学生だかという年頃。

 ダークブラウンの柔らかな短髪。

 メガネの奥の、マホガニー色のあたたかみのある瞳。

 真面目そうな大人しそうな、そして少しあどけなさの残る顔立ち。

 杖術用の四尺二寸の棒杖を(たずさ)えながら立ち上がり動く、座敷の上での所作(しょさ)が、さりげなく美しい。



「うん、全然。

 ……ただ、水が欲しいな」



 縁側に長い手足を投げ出すように座った和希。

 少年が、和希にペットボトルの水を一本渡す。



「ありがと、慶史(けいし)



 和希は(せん)をひねり、喉を鳴らして水を飲む。

 慶史、と呼ばれた少年は、その間に和希の横で綺麗に正座した。


 彼は1学年下の後輩であり、現在1回生。

 その名を今井慶史(いまいけいし)、という。


 剣道有段者であり、普段は目立たないが、正座を含む動きになると、彼の、立ち、歩き、座り、といった動きの美しさが目を引く。

 剣道や居合道などは未経験の和希は、しばしば見とれることがある。


 そうこうしているうちに、座敷や縁側に待機していた男たちの中から、次に闘う2名が、庭に降りていった。



「和希さん、下段を蹴られるのは珍しかったですね。

 それに、腕、見たことのない固め方でした」


「うん、相手が足元が安定してない感じだったから、真正面からみぞおち踏んで止めるよりは、足払った方がいいかなと思って。

 倒して腕を取ったところで腕ひしぎもちょっと考えたけど、体格差的に力づくで無理矢理ひっくり返される可能性もあったんで、テコンドーの護身術(ホシンスル)の固め方をちょっと応用したかたちに」



 慶史の問いに和希はそう返す。



「喉は反則じゃないんですかぁ?」



 誰かから揶揄(やゆ)するような声がかけられた。

 座敷に待機している男たちの1人らしい。



「いや?

 目は反則だけど喉は反則じゃないぞ?

 ついでに、石を投げるのも金的も反則じゃないぞ?」



 先ほどはしゃいだ声を上げていた少女が、男口調のかわいらしい声で小首をかしげながら言う。



「性別体重関係なしのトーナメントなんだから、それぐらいはありじゃないと、難しいだろう?

 もう1度ルールを説明するか?」



 少女は微笑みながらしごく無邪気に言うが、その言葉に、揶揄した男はぐっと黙らされてしまう。




(…………『武神』の『後継者』、か)



 和希は、ちらりと、少女を盗み見た。


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