表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

こうして伝説は相成った。~魔法使いメルリーの物語~


 当時、大陸最強の魔法使いと称されたメルリーは、ドミナ魔法国の片田舎に住んでいた。

 一度だけ出た魔法大会。各国から腕利きの魔法使いが集まるその大会で、メルリーは圧倒的な実力で優勝してみせた。しかし、優勝直後逃げるように姿をくらませた。

 授与式を辞退したメルリーは、絶対に目立つことはしない心に決めていた。


 メルリーが住んでいたヘンナの村は、村民数十人の小さな村だった。ドミナ魔法国の中でも特に小さな村の一つで、本来ならば魔族の侵攻に一番に被害にあうはずの村だった。 

 だが、勇者一行がその村を訪れた時、村は平和そのものだった。

 勇者と姫は、この村にやって来ようと強く主張したブラームスに連れられてやってきた。当のブラームスはここで間違いないと確信していた。

 ブラームスはまっすぐにメルリーの家を訪れ、畑仕事に出かけていた両親の代わりに出てきたメルリーに対し、挨拶もそこそこに切り出した。

「それだけの魔力量があるならば、我らの旅についてきてはどうだろう」

 この言葉の直後、ブラームスは家の外まで吹き飛ばされた。

 メルリーから放たれた魔力の塊を盾で緩和させていたブラームスは、わずかに砂に汚れただけ。メルリーはそれに驚いた。大会で数多くの戦士と戦ったが、あの距離でメルリーの攻撃が防がれたことは一度もなかったからだ。

 魔法ではなくただの魔力を放出する技。魔力量なら他者と隔絶しているメルリーだからこそできるもので、発動速度は一流の剣士の抜刀にも勝る。

 それを防がれたのだ。並みのことではない。

 動揺するメルリーをよそに、吹き飛ばされたブラームスを家の外で待っていた勇者はちらりと一瞥し、怪我の有無を確認した後、メルリーに視線を向けた。

「この騎士があなたに何かしたんですか?」

 仲間である騎士が攻撃されたことに怒ってる様子はない。しかし、それ以上メルリーの攻撃を許す気もないようだった。ただ静かにメルリーに視線を向けている。

 対するメルリーは勇者の目に戦慄する。どこか人間離れした勇者の瞳。メルリーの頭の中では三代目勇者のことが思い出された。召喚直後に魔王四天王から襲撃された三代目勇者は四大精霊とその場で契約し、魔王を苦も無く倒したのだ。目の前にいる六代目勇者にはそうした、一線を画する何かを感じた。だからこそ、勇者に見られることはメルリーにとって恐怖だった。

 その場を取りなしたのはアイーシャ姫だった。姫が登場した時、メルリーはその美しさに同姓でありながら感動した。姫の美しさは過酷な旅の中でもいささかにも衰えておらず、むしろ生気を得て、より一層美しくなっていた。

 その姫がひとまず日を改めますと言うので、メルリーは思わず頷いた。

 それからアイーシャ姫は連日メルリーを訪れた。

 一国の姫が自ら足を運んでやってくることに田舎娘のメルリーは恐縮ばかりだったが、けれど美しい姫の来訪に喜んでもいた。

 三日後にはメルリーがアイーシャ姫に慣れ、それに伴ってブラームスもやってくるようになった。

 初対面の時に吹き飛ばしたことでメルリーは戦々恐々としていたが、ブラームスは優しく許してくれた上、自分が嫌だったら代わりに勇者を呼ぼうかと言うので、慌ててブラームスの来訪を承諾した。

 メルリーにとって、勇者と対面するのは何が何でも嫌だったのである。

 そんなメルリーの様子にブラームスは密かに憤慨していたが、アイーシャ姫に諭された。

 召喚直後、もしくはブラームスと会った頃ならいざ知らず、勇者は当時心身共に鍛え上げられてしまっていた。魔王の配下に真っ向から戦える勇者に、恐怖を覚えることも無理からぬ話だった。

 メルリーと姫、ブラームスは日を追うごとに仲良くなった。

 メルリーが魔法で魔族や魔物の目から村を隠していること。

 名を上げるために魔法大会に出たはいいが、思った以上に目立つのが苦手だったため逃げ出したこと。

 ブラームスが大陸最強の魔法使いを探していたこと。

 メルリーの隠蔽魔法に気づいてこれだけの魔法を使えるのは目当ての人物だろうと考えたこと。

 姫が初めて勇者と会った時のこと。

 姫が思う、魅力あふれる勇者のこと。

 

 毎日のように狩りに連れていかれる勇者をよそに、そんなようなことを三人は話した。

 メルリーにとって、初めて出来た同年代の友人だった。

 メルリーは嬉しかった。

 それでもメルリーは勇者達に同行する気にはなれなかった。

 友人になったからこそ、より一層行きたくなかった。

 

 そんなメルリーが勇者たちとの同行を決意することを三日後のことである。

 夕暮れに染まる村に四天王の一角、腐敗のベバー・ハイドが襲来した。

 ベバー・ハイドは死を操る、四天王の中でも生命力に長けた魔族だった。

 手下の配下の他、山から現地調達した獣や魔族の死体、墓場からもベバー・ハイドはゾンビを生み出し、間断なく村を襲わせた。

 光の力を持つ勇者、勇者との同行で成長したブラームス、浄化の魔法を使えるアイーシャ姫、大陸最強の魔法使いメルリーの四人がこれに対応した。

 村民の中でまともに戦えるのはメルリーだけだった。

 だが、途中からメルリーの様子が変わってきた。

 自身のローブを深く被り、魔法の使用も徐々に少なくなってゆく。

 ブラームスは疑問に思った。

 まだ魔力量に余裕はあるはずだった。ついさっきまで強力な魔法を苦も無く使っていたのに、と。

 ブラームスは周囲の敵を一掃し、メルリーにそのことを尋ねた。だが、メルリーは俯くばかりで答えない。

 その時、姫を抱えた勇者が村の反対側からやってきた。

 顔を真っ赤にして恥ずかしがる姫には目もくれず、勇者はメルリーをしげしげと眺めた後、

「貴方たちは一度休息を取ってください。眠りの魔法を使って、しっかりと」

 勇者の発言にブラームスと姫は反発した。

 勇者一人でどうにかなるも問題ではない。せめて二人一組でローテーションを組むべきだ、と。

 だが勇者は首を横に振る。

「疲れ、倦怠感については問題ないです。攻撃してきてるのが誰かはまだ分からないけど、出てきたらどうにかします」

 勇者の言葉に、仲間の二人は承諾できなかった。

 そこで勇者がメルリーを見た。静かな目で、何かを訴えるように見た。

 びくりと体を震わせた後、メルリーは姫とブラームスに眠りの魔法をかけた。メルリーにとって、勇者の命令に反することは恐怖だった。

「ありがとう。あなたも眠るといい」

 勇者はすっとメルリーに近づくと、何かを鼻に押し当てた。

 わずかに抵抗しようとしたが、勇者に拘束されて動けない。やがてメルリ ーは意識を失った。

 次にメルリーが目を覚ました時、目の前に勇者はいなかった。村の中心部にある集会所のてっぺんに立ち、近づく敵を発見し次第、飛ぶように駆けて斬り捨て、戻ってゆく。

 空を見れば、明け方のようだった。襲来が夕方であったことを考えれば半日ほど、勇者は戦い続けていることになる。

 メルリーは更に恐怖したが、勇者に戦わせ続けるのも良くないと気づくとブラームスと姫を起こした。

「勇者殿、また無茶をして……」

 ブラームスは悔しそうに歯噛みした。

 魔法をかけたメルリーはその表情にひやりとしたが、ブラームスはメルリーに怒ったりなどしなかった。

 ブラームスは姫を伴って勇者の元へ駆けつけた。そこで話し合い、勇者も休憩ということになった。

 のろのろとメルリーの元へやってきた勇者はメルリーの目をじっと見て、

「睡眠効果のある花の匂いを嗅がせたんだけど、体に異常はないですか」

「だ、大丈夫です。勇者様こそ大丈夫ですか」

「はい。眠気と倦怠感とは無縁なんです。まぁ、感じないだけで、寝なきゃ体調を崩すんですけど」

 そう言うと勇者はその場で横になり、眠りについた。

 なんてマイペースなのだろう、と勇者に対して初めて恐怖以外の感情を覚えた。


 状況が変わったのはそれから一時間後のことだった。

 恐ろしいまでの量のゾンビの襲来がなくなった。

 ブラームス達が交代した時点で、その最大量は目に見えて減っていた。どれだけの負担を勇者は負っているのだろうかと、ブラームス達は忸怩たる思いだった。

「いやぁ、死体が尽きちゃった。お姉さん達強いんだねぇ」

 アイーシャ姫が特大の浄化魔法でゾンビの群れを一層すると、その中心部に敵はいた。

 一見すると、一〇歳ほどの少年。だが開いた口からは牙が見え、人とは思えない真紅の肌。何よりどこからか漂う死臭が、人間の子供ではなく、魔族なのだということを物語っていた。

 緊張するブラームスとアイーシャ。メルリーもゴクリと唾を飲むが、彼女の緊張は二人とは別種のものだった。

 それに気づいたのか、少年風魔族ーーベバー・ハイドはメルリーに視線を向けた。

「同族が随分と大きい魔法を使ってると思ってきたけど、その同族が敵の方にいるとは思わなかったなぁ。なんで?」

 その言葉に、メルリーの顔がさっと青くなった。


 メルリーは赤子の頃、母親に抱かれてヘンナの村にやってきた。

 本来ならば余所者に厳しい村だったが、相手が死にそうであるならば、流石に手を貸さないわけにはいかなかった。しかし、村民の処置もむなしく、母親は三日後に息を引き取った。

 赤ちゃんをお願いします、という言葉と共に。

 そこで、子供が死産した夫婦がメルリーを引き取った。メルリーは両親に育てられ、すくすくと育った。

 七歳の時、メルリーは魔法で暖炉に火を灯した。

 魔法が使えるのは村にはメルリーただ一人だった。メルリーは成長すると共に魔法の腕前は上達し、村民の生活を安定させるのに大いに役立った。

 一二歳の頃、村で一人前と認められ、全く似ていない両親から自らの出生の経緯を知ったメルリーは、魔法大会に出場した。両親には自分の実力を知りたいと言ったからだが、その優勝の事実と共に、両親に育ててもらった感謝を伝えたかったからだ。

 初めての都会ということもあって、フードを深く被り顔を見えないようして、名前の登録の際に偽名と嘘の出身地を伝えた。都会の人間を簡単に信用してはならないという父からの忠告に従った結果だった。

 不正さえなければ本人が何者かは気にしない魔法大会受付嬢は、そのことに気づきながらも無関心だった。よくあることだったからだ。

 メルリーは魔法大会で他を圧倒した。弱い人ばっかりだ、と有頂天だった。

 しかし、決勝戦の相手はかなりの腕利きだった。メルリーも本気を出さねばならない。相手の魔法を何とか押し返し、見事倒した。会場がわっと盛り上がる中、ふと気づけば、自分の額から小さな突起物が生えていることに気づいた。

 メルリーは混乱した。そんなことは生まれて初めてだった。

 だが、直感的に思った。

 きっとこれは自分の生まれと関係がある。片田舎でのんびり暮らしていただけの私がこんな都会の魔法使いに勝てるのにはきっとそこに理由がある。

 母は人間だったと聞いていた。しかし、父親については何も知らない。

 角が生え、魔法が得意な娘を生み出すような父親。

 それはきっと魔族だったのではないだろうか。

 メルリーは呆然と、その推測はおそらくは真実であることを確信した。そして、逃げた。魔法大会の優勝者として取り上げられれば、魔族と気づく者もいるかもしれない。

 個人情報を偽装していたことが功を奏した。メルリーはすぐさま自らの卓越した魔法で大会会場から逃げ出し、ヘンナの村に戻ってきた。

 両親には、一回戦で負けてしまったと伝えた。

 

 しかし、そんな背景を知らない姫とブラームスは驚きの表情でメルリーを見ていた。

「うーん、同族もちょっと違うか。人間とのハーフかな。魔族って言っても人間より種類が多いから何とも言えないけどさ」

「私は人間です」

「ははは。なんでさ。人間は魔族と交わったら人間として見られないけど、魔族は誰の子供であっても魔族なんだよ? 魔族になった方が色々気持ちが楽だと思うなぁ」

 少年の姿の通り、ベバー・ハイドはお気楽そうにそう言った。

 これにメルリーはキレた。

 大火力の魔法を連発し、ベバー・ハイドの命を狙った。

 しかし、ベバー・ハイドはその悉くを防いで見せた。

「僕は死体を操ることが出来るけど、本業は挌闘でね。君の魔法発動は遅い。これじゃいつまでも当たらないよ」

 肩で息をするメルリーにベバー・ハイドは優しく声をかける。

 メルリーの額には二本の青い角が生えていた。

「ほら、それはオーガの角かな。何かの混血なのかもしれない。でも、それは魔族では普通のことだよ。自分が何なのかは自分で決められる。人間よりもよほど受け入れてくれると思うよ。それに魔法の威力そのものは大したもんだ。ぜひ仲間になってほしいくらい」

「私は……人間です」

「だからそれは周囲が認めてくれないって話なんだけど。まぁ、いいか。でも、仲間でもない強力な魔族は殺さないといけない」

 そこで勇者が現れた。直前まで眠っていたはずなのに、寝起きの気配は全く存在しない。

 メルリーは怯えた。

 魔王と魔族を滅ぼす勇者の存在は、メルリーにとって恐怖だった。

 近くにいて、魔族だとバレたら殺されてしまうと思っていたメルリーは、ずっと勇者にバレるのが怖かった。もし共に旅をして勇者に魔族であることがバレたら、仲良くなったアイーシャ姫やブラームスに嫌われてしまうかもしれないと思うと怖かった。

 聖なる存在とされる勇者から人間であることを否定されることは、メルリーにとって恐怖だった。

 ゆっくりとメルリーに近づく勇者。メルリーが目をぎゅっと瞑る。そして、勇者はメルリーの目の前に立った。ただ体の向きはベバー・ハイドに向いていた。

「おや、勇者さんはその人を殺さないの?」

「僕は人に仇なす者を倒すだけだ。メルリーさんを殺す理由はない」

 その言葉にメルリーは顔を上げた。その視界には勇者の背中しか見えない。メルリーのことを脅威と思っていない証だった。

 メルリーを庇うように立つ勇者に、その言葉の力強さに、メルリーは見惚れた。


 それから魔力も切れ、呆然とするメルリーを差し置いて、当代勇者と魔王四天王の戦いが始まった。

 最初こそ勇者のフォローに走ったアイーシャ姫とブラームスだったが、やがてついていけなくなった。

 宣言通り挌闘戦闘に長けたベバー・ハイドと勇者の一騎打ち。

 ベバー・ハイドのほうが押し気味だった。

 いったん距離を置き、体のあちこちから出血する勇者は小さくつぶやいた。

「これじゃ勝てないな」

 そう言うと勇者は聖剣を真っすぐにベバー・ハイドに向け、中段に構えた。

 そして、詠唱のような何かをことはづく。

「悲しみをここに。嘆きをここに。それを以て我が剣に力を与えたまえ」

 瞬間、聖剣から溢れんばかりの光が放たれた。

 その輝きにベバー・ハイドが所持していた魔剣が振動する。

 ベバー・ハイドはニヤリと笑った。

「面白いね。今回の勇者は少々異質と聞いていたけど、目の前にすると、より一層おかしいと思うよ」

 そう言うとベバー・ハイドも剣を構えた。

 勇者と同じ中段だった。

 しばし両者は見合い、やがて振りかぶり、剣を振った。

 光の斬撃と闇の斬撃。

 しばしその力は拮抗したが、やがて光の斬撃が闇のそれを押し返し、ベバー・ハイドに一撃を与えた。

 勇者の斬撃を受けたベバー・ハイドは力なく笑い、やがて地に伏した。

 その姿を見て勇者はふうと息をついた。振り返り、メルリーの目の前に立つ。

 いまだ動けないメルリーに対し、勇者は手を差し出した。

「あなたが魔族かどうかは僕にはよくわからないんですが、ただ、強くなって勇者の仲間として魔王を討てれば、もう少し生きやすいかもしれません」

 勇者の言葉は仲間への勧誘だった。

 勇者がメルリーに向ける視線はなお人間離れしていた。その視線に感情はないように思えた。

 だが、差し出された手は間違いなく勇者の気持ちだった。メルリーを救おうとする気持ちだった。

「……これからよろしくお願いします」

 そう言ってメルリーは手を握った。

 勇者は笑顔の一つもなかったが、メルリーの手を力強く握るその手があれば十分だった。


 こうして勇者の最後の仲間は、魔族と人間の混血である魔法使いメルリーと相成った。

 メルリーは魔王討伐後、大魔法使いとして多くの弟子を育てた。

 自らの居場所を作れるような強さを、多くの者に与えたいという気持ちからだった。

 そして自らも死ぬまで勇者の強さを目指して、鍛錬に励み続けた。

第三話メルリーの物語。

次で最後になります。

本日20時頃、投稿予定ですので、よろしければ是非。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ