こうして伝説は相成った。~騎士ブラームスの物語~
ガロン連合国最高の騎士と呼ばれたブラームスにとって、六代目勇者の印象は良くなかった。
サンクリルナにおいて吸血鬼を撃滅した勇者は、絶世の美女アイーシャ姫を伴ってガロン連合国の首都にやってきた。
ブラームスや他の騎士、連合国首脳部と勇者が面会した際、当然の如くアイーシャ姫も同席した。
アイーシャ姫は美しかった。恋に落とす祝福を持ってしまったと聞いていたが、その美貌を指して言われていたのかと思うほどの美しさだった。
だが、アイーシャ姫は明らかに勇者に恋していた。人前でべったりしたわけでも、惚気たわけでもない。
ただ、ふとした時、勇者の肩に触れた際、顔を真っ赤にして
「ご、ごめんなさい」
と言ったのである。
その可憐さといったら。
「あの表情を見て落ちない独身男はいない」
その時警護にあたっていた騎士は満場一致でそう言った。
しかし、その表情を向けられる勇者は欠片も動揺しないのである。
ブラームスは憤慨した。
怒りに燃え上がったと言っても良い。
あれほど美しい姫ならば、それ相応に愛される資格がある。
その相手が勇者であることは良いだろう。
だが、勇者自身が姫の恋慕にあんな対応をしていいわけがない。
それは世界に対する冒涜ですらあるとブラームスは思った。
ともあれ、ガロン連合国は勇者を歓待した。
アイーシャ姫がいるということもあって多少配慮されたものではあったが、踊り子や楽師を呼んで、宴を開いた。
勇者はそれに喜んでいるようだった。
人間として感情はあるようだが、それならば姫に気がないのは何故か。
ブラームスはただただ疑問に思った。
もし姫の心を弄んでいるようだったら、勇者であれど容赦はしない。
そういう気持ちでブラームスは勇者が座る席の真ん前に座った。
「勇者殿、楽しんでおられるか?」
そう声をかけると、勇者は満面の笑みを浮かべた。
「それはもう。最近は山や谷を越えるばかり、魔物の相手をするばかりでしたし……姫も楽しそうで何よりです」
勇者の視線の先にはアイーシャ姫が美味しそうに果物を食べている姿があり、同年代の令嬢や姫君達と歓談している。
姫に対する気遣いはあるのだな、と分析しつつブラームスは言葉を紡ぐ。
「あれほど美しい方が一緒でも、不満でいらっしゃいますかな?」
「いやいや、不満なんて欠片もないですよ! 僕は異世界から召喚されましたが、前の世界ではあんな綺麗な人と話したことなんてなかったですし」
「左様でございますか」
それならば一層、勇者が姫に対する反応は疑問に残る。
だが、まぁ、あまり問いただすようなことを言いすぎては、勇者がへそを曲げるかもしれない。
追及し過ぎても良くないだろうとブラームスは思った。
「元が凡庸であったのであれば、なおのこと勇者殿はご立派ですな。只人が世界を救う重責を負い、多くの町や村を救っていらっしゃるのですから」
勇者からすれば散々言われ慣れているだろうが、勇者がアイーシャ姫と共にアンクリルナ王国を出発して以後、何人もの人々を救っていることは情報として入ってきている。
とりあえずそんなところからお為ごかしをと思ってそんなことを言うと
「え、いや、そんなことないですよ……えへへへ」
頬を掻きながら、勇者は照れていた。
そう、照れていたのだ。
ブラームスは自身の容姿が整っていることには自覚的だった。
最高の騎士と言われることもあるほど、鍛え上げた肉体はしなやかに引き締まり、その頭脳を生かして魔族との戦いでは前線で活躍しており、更には生まれは貴族だ。
容姿・強さ・頭脳・実績・家柄・能力。どれを取っても高水準だと同僚から愚痴られたこともある。
そして、自身の経験も踏まえ、ブラームスは考える。
勇者が照れている。
アイーシャ姫に照れないのに。
勇者が照れている。
ブラームスが褒めた時に。
「…………」
こいつ、男が好きなのだろうか。
決して口には出さなかったが、ブラームスはそんなことを思った。
まぁ、男を好きだからと言って、何が変わるわけではない。勇者として人々を救っているのだ。それは勇者の価値には関係ないだろう。
ただ、まぁ、イレギュラーであることは確かである。
そんなことを考えていたが、勇者は誰に褒められようとも照れていた。
恋愛対象は女性であるブラームスにとって男性からの好意は反応に困る。
ほっと胸を撫でおろしたのは事実だ。
姫の恋慕に気づないのは、単純に精神が子供だからなのかもしれない。
思えば、四代目勇者は魔王からの刺客にほとんど遭遇することなく、魔王城に乗り込み、見事魔王を討った。
五代目勇者は様々な難敵と戦い、魔王と相打ちとなったが、遭遇する刺客は悉く勇者と対等な相手だったと聞いていた。史上最も順調な旅を経た勇者と呼ばれる。
今回の勇者もそうした、比較的苦難を乗り越えていない勇者なのかもしれない。
そう思うと溜飲も下がったが、勇者の印象が良くなったわけではなかった。
そんなブラームスが勇者に同行することになったのは、ガロン連合国首都に魔人がやってきた時だった。
魔王直下、魔王軍の第一部隊に属し、怠惰を司る魔人スカラスバタは連合国首都に毒を撒いた。
最初に被害にあったのは門兵たちだ。
突如として現れた霧にすぐさま首脳部へと連絡を行ったが、伝達役以外は霧の毒にやられ、数分と待たず死亡した。
このことはすぐさま首都内に伝達され、外出禁止令が発令されたが、数多くの魔族の襲来を経験した首都の住民たちが迅速に行動しても、一四二名は毒によって死亡した。
毒霧は数時間後に霧散したが、それが魔族からの侵攻であることは明かだった。連合国首脳部はすぐさま魔法使いを配置し、結界によって次なる毒霧に備えたが、スカラスバタは次に水路に毒を流した。
水に毒を混ぜた結果、わずかに香るその臭気に多くの住民が気付き、毒死こそ少なかったが、それでも数十人の死亡は確認された。
また、被害はその水を吸った植物、鼠などの動物にも影響を与えた。間接的な毒の摂取は避けがたく、ここでも被害は出た。
為す術がなかった。
侵攻の指揮を執っているのがスカラスバタであることさえ、当時の首脳部は掴めていなかった。
部下から何も有力な報告が上がらない中、ブラームスは連合国首脳部への報告を行った。最高の騎士と言われても所詮この程度かと自虐しながら帰路につこうとした時、勇者と会った。
見るからに疲弊し、顔は汚れ、力を使い果たしたといった表情の勇者にブラームスは思わず顔をしかめた。
ちなみに言えば、わずかに臭い。
「勇者殿、いかがされた?」
「いや、犯人の出所を探してたんですけど、思った以上に難航してまして……」
「勇者殿ご自身が探しているのですか?」
「はい。下水も見て回ったんですが、すみません、臭いですよね……」
「下水まで?」
首都には下水道があった。鼠が毒を媒介したのはそこからだろう。
今はアイーシャ姫の祈りの力で浄化されてはいるが、確かに手掛かりはあるかもしれない。
しかし、そんなところに勇者自ら足を運んだという事実にブラームスはまず疑問に思った。
「そんなこと、うちの兵士に任せればよろしいのです。あなたは勇者。世界を救う為ならば相手が誰だろうと命令する権利があるのです。何故わざわざ自らが……」
「誰かがやるなら」
ブラームスの言葉に勇者は言葉を返した。
その声音はとても優し気なものではなかった。
「僕がやってもいいでしょう?」
その気迫にブラームスはわずかに気圧された。情緒が未熟な勇者と思っていたが、その気迫はまさしく強者のそれ。ブラームスがぐっと息を詰まらせていると、勇者はその気迫を引っ込めて、柔和な笑みを浮かべた。
「ブラームスさん、下水道で魔力の残滓を発見しました。狭いこともあって少数先鋭で行きたいと思います。ついてきて頂けますか?」
その言葉にブラームスは驚いた。
勇者自らが下水道に足を運び、手掛かりまで掴んできたのだ。自分達は何をやっていたのかと、そう思い、一も二もなく了承した。
勇者とブラームス、ブラームスの数名の部下は共に下水道に赴き、勇者の言う魔力の残滓を確かめに行った。
確かに魔力の残滓が残っていたが、それも微々たるもの。一般兵ではそれを感じ取ることも難しいだろう。上級の騎士か、魔法使いでもなければ分からない。
「もう少し一般兵の練度を上げておけば、もっと早く足取りを掴めたかもしれないということですか」
ブラームスの部下で最も魔力探知に優れた部下に先導される中、そんなことを呟くと、勇者がそれに反応した。
「元から階級が高い人が現場に行ってたら、の間違いじゃないですか?」
「上級の騎士も数多いわけではありません。全員を現場に投入することは出来ないのです」
「まぁ、その方針が悪いとは言わないですが……」
そう言う勇者は明らかに不満げだった。
ブラームスは勇者の煮え切らない態度がやや不快だったが、任務の最中ということもあって押し黙った。
魔力の残滓の先を辿っていくと、とある屋敷に到着した。
そこは連合国首脳部の一人、防衛の要の大将が住む屋敷だった。
動揺するブラームス達をよそに屋敷をしばらく見ていた勇者は一言呟いた。
「迷いはもう捨てたんだよなぁ」
その言葉の直後、聖剣を抜いた勇者は正面から門を斬り飛ばし、屋敷の中へと侵入した。
そのまま迷いなく進む勇者を止めるかどうか悩むブラームス達は、屋敷に使用人が一人もいないことに気づいた。
そのまま進むと屋敷の最奥、大将の自室に魔人が座して待っていた。
「ケヒヒ。もう少し躊躇するかと思ったんだがなぁ。迷いのないこって」
金の角に、緑の肌の人型。
その時、ガロン連合国側は初めて、今回の侵攻が魔人のものであることを知った。
衝撃を受けているブラームス達をよそに勇者は言葉も返さず、スカラスバタに斬りかかった。
勇者の剣閃をスカラスバタ自身の爪で防ぐ。
「おいおい、このスカラスバタ様が折角話しかけてやったっていうのに、愛想のねえことだな」
「毒霧や、下水道への毒の混入、やったのはお前だな」
「その通りだが?」
「なら話すことはない!」
「本当に迷いのねえ勇者なこって!」
それから激戦が始まった。
勇者と対等に渡り合うほどの戦闘能力、加えて毒の散布は脅威だった。
スカラスバタの右腕を斬り飛ばし、毒も貯蔵が切れる頃にはブラームス達は全員戦闘不能となり、勇者は左腕からダラダラと血を流していた。
その姿を見てスカラスバタが笑う。
「本当に、何も考えてないのかよ、勇者。そこの騎士どもを庇って出来た傷、悪けりゃ死ぬぜ」
その言葉に、わずかであるものの毒に侵され、息をするのが精いっぱいのブラームスは歯噛みする。
勇者の力になるどころか、足を引っ張ってばかりだった。
何が最高の騎士だ。何が連合国最強だ。その称号が何も役に立たないこと、自身の立場が魔人の前では何の意味もない。
スカラスバタの言葉に勇者は右腕だけで聖剣を構えた。
「後先なんて考えてない。目の前のこと以外に、世界を救う以外に僕が考えるべきことなんてない」
「世界を守る前に、騎士を助けて自分が死にそうじゃねえか」
「世界ってのは人が集まってできるんだ。なら、人を救わなきゃ意味がない」
「はっ! 毒と傷で全身激痛が走ってるだろうに、流石は勇者様だぜ!」
「苦痛、ね」
その会話の直後、スカラスバタが勇者に躍りかかった。
勇者はそれを右腕一本の一撃で迎え撃つ。
本来ならば普段よりも威力が劣るはずの一撃。事実勇者の動きは先ほどよりも精彩に欠けている。
だが、聖剣の輝きだけは違った。眩しいほどの光を放ち、迫ってくるスカラスバタの姿を照らす。
そして、放たれた一撃は轟音と共に聖剣が纏っていた光を放出し、光の斬撃はスカラスバタの体を見事に両断した。
スカラスバタ撃滅後、勇者は迅速に行動した。
アイーシャ姫を呼び出し、ブラームス達を治療させ、連合国首脳部にスカラスバタ討伐を知らせ、首都の住民が安心できるよう速やかにそのことを流布しろと指示を出した。
アイーシャ姫は訪ねてきた勇者が血をダラダラと流す姿を見て、卒倒しそうになっていたが。
アイーシャ姫の活躍によって騎士たちは一命を取り留めた。
毒に侵されていたブラームスも、浄化の魔法で元気になった。
元気になったブラームスはいの一番に勇者の元へ行き、体を気遣う勇者に対して膝をついた。
慌てる勇者と、小さく驚くアイーシャ姫を見つつ、ブラームスは口を開いた。
「勇者殿、あなたのお姿、まさしく勇者のものでございました。最高の騎士などともてはやされ、おごり高ぶっていたこの身が恥ずかしくてたまりませぬ。勇者殿の元、今一度自らを見つめなおす機会を頂けないでしょうか」
すらすらと述べたブラームスは、その口上と共に剣を捧げた。勇者は、その馴染みのない所作に目を白黒させていた。うーんと唸り、心底困ったといった表情でブラームスを見た後、アイーシャ姫の方を見た。
「えっと姫様。この場合どうすればいいんでしょうか」
「騎士が忠誠を誓っているのです。お受けしてもいいかと思いますが……私のことはアイーシャとお呼びくださいと何度も申し上げているはずですが?」
「騎士の忠誠って、荷が重いよ」
「勇者様、聞いてますか?」
ため息すらつきそうな勇者の態度も意に介さず、ブラームスは剣を勇者に向けて恭しく掲げたままだ。
その姿を勇者はじっと見つめ、渋々と言った様子で頷いた。
「分かりました。ですが、あなたの忠誠を受けるかどうかは一ヶ月後に決めます。旅をして、僕の人となりを見て、改めて判断してください。僕もこの一ヶ月であなたのことを知ろうと思います」
勇者の言葉を聞き届けたブラームスは剣を鞘に収めると頭を垂れた。
「機会を頂けましたこと、ありがたく存じます」
「ただ、意固地にならないでくださいね。僕がきちんと価値があるか確認してくださいね。一度言った以上引き返せません、なんて理由は嫌ですからね」
「承知いたしました」
「勇者様、私のことは無視でございますか。それに勝手に同行者を決めて、勇者様は私のことなどどうでもよろしいのでしょうか」
「姫様、それは違いますよ? ただですね、こう、流れというか、なんというか……」
「アイーシャとお呼びくださいと申し上げているではないですか!」
こうして六代目勇者の二番目の仲間は、ガロン連合国最高の騎士ブラームスと相成った。
晩年、連合国のみならず、大陸最強の騎士とも謳われたブラームスは勇者との旅を振り返ってこう言った。
「勇者殿は自身の価値を見定めて欲しいとおっしゃっていたが、あのお言葉を聞いた時点で、私が忠誠を誓うことは決まっていたようなものだった」
ブラームスにとって勇者の第一印象は良くなかった。
だが、それは己が未熟だったからだと、ブラームスは死ぬ間際まで言い続けた。
第二話ブラームスの物語
字話でもう一人の仲間となります。




