93話 流れた月日
「そんなヤワな攻撃じゃ殺してくれって言ってるようなもんだぞ! もっと体重を乗せろ!」
「ぐっ!」
ギインッと剣を弾かれながら檄を飛ばされる。
反動で大きく仰け反ってしまった瞬間、バルレイ将軍の鉄のように硬い拳が私に躊躇なく振り下ろされた。
が、間一髪のところで転移魔法を発動し回避。なんとか直撃を免れる。
「リリシア! 魔法使って避けんなっつったろうが!」
「うっ。すいませんつい……」
ズンズンと大股で向かってきたバルレイ将軍に、ゴツンと拳骨を食らう。
「い、痛いです……」
「そんな可愛い顔しても許さねぇ。罰として素振り二百回」
「……はい」
私は今、バルレイ将軍に剣の稽古をつけてもらっている。
十八歳の時に魔法課程を修了し、物理攻撃のみの近接戦闘訓練へとシフトしたからだ。
もう五年目で、今や二十三歳。
二十三歳といっても魔族にとっては前世で言うところの高校生なりたてぐらいの感覚で、見た目も丁度そんな感じ。
五十歳までが高校生、五十一歳から百五十歳が大学生という超ゆとり教育な時間間隔なのだ。
寿命が長いって凄い。
「集中してねぇと回数増やすぞ」
「ごめんなさい! 勘弁してください!」
鬼将軍が鬼発言をしてきた。
これ以上増やされたら堪らないので、一心不乱に愛剣で素振りをする。
結局、私は兄様と同じ普通の剣を選んだ。
刀身が細身の比較的軽めなシンプルなもので、一応特注品。
才能はまあうん、ないよ。
体育の評価万年『三』(五段階評価)をなめないで欲しい! 誰か超えられない壁の爆破方法、知りませんか。
「よし。今日はこの辺で終わるか」
ジャスト二百回目でようやくバルレイ将軍が終了宣言をしてくれた。
や、やっと終わった……。
「ハア、ハア……あ、ありがとう……ございました……」
「お前いくつになっても体力ねぇなあ」
鬼人と比べりゃ皆ないよ! 基礎値が違うから!
とは口に出さず、空間魔法でコップを、水魔法でコップの中に水を出現させ注ぐ。
ゴクゴクと一気に喉を潤した。ぷはーっ。生き返る。
「なんでその才能が近接戦にねぇんだ……。魔法は息するように使うクセによ」
「いやほんと全くです」
向いてないの一言だと思う。
なので私は魔法攻撃に全振りしたい。万が一に備えて習ってはいるけど。
「将軍も飲みますか?」
「どうせなら水より美酒が飲みてぇ」
どこのアル中だ。
「あ。じゃあこれ、あげます。この間城下に行った時、酒屋のおじさんの発酵作業を魔法で手伝ったらくれたんですよ」
「何してんだお前……」
バルレイ将軍が呆れた顔をしながらも、ちゃっかり私が出した酒瓶を受け取る。
外を自由に出歩けるようになった私は、たまに城下に顔を出してはお困りの人をお手伝いしたりしているのだ。
これが意外と楽しい。
お城の中だと決まった人としか会えないからね。
街の様子も知れて一石二鳥……いやこうしてお礼も貰えたりするから、一石三鳥なのである。
「!? おいこれ、幻の酒と言われてる『鬼殺し童子丸』じゃねぇか!」
「名前のインパクトが凄いんですけど名品なんですか……?」
「ここらじゃ十数本しか出回らなかった、名品中の名品だ!」
「へぇー」
バルレイ将軍の興奮具合からして、かなり貴重な品らしい。
酒屋のおじさんに押し切られるように受け取ったものの、お酒はあまり飲めないからどうしようかと思っていたのだ。
好きな人に飲んでもらった方が童子丸も浮かばれるだろう。誰だ童子丸って。
「感謝するぜ、リリシア!」
「うぶっ」
厚い胸板で押しつぶすようにバルレイ将軍がハグしてくる。お、雄っぱいが!
「何してんだ。クソ親父……」
「離れろ、将軍」
素敵な苦しみを感じていると、鍛錬場にユイルドさんとソラが現れた。
ソラも訓練が終わったのだろうか。
二人は変わらず師弟関係を続けている。
今では結構いい勝負までいっているらしく、何勝何敗だと言い争いながら競い合っているのだ。
ソラはすっかり人型に慣れ、今ではこっちの姿でいる時間の方が長くなった。
身長がグンと伸び、程良く付いた筋肉が垂涎物の、超絶イケメン高校生と言った感じ。さらには甘さのあるイケメンボイスと死角がない。
ふっさふさの耳と尻尾も健在で、もう無敵すぎる。
「なんだガキども。嫉妬か?」
わざと見せつけるように、突然バルレイ将軍が私を抱き寄せてきた。
全然汗臭くないどころか色気のある良い匂いがするのはなぜだ!
むしろ私がヤバいのでは……?
「黙れジジイ」
「うわぁっ」
密かに心配しているとユイルドさんに急に腕を引っ張られ、前のめりによろける。
そのまま将軍譲りの逞しい胸板にダイブした。
「……わ、悪ぃ」
バッと勢い良く私を引き剥がすユイルドさん。
ユイルドさんは外見こそ変わらないけど、私が大きくなってから少しよそよそしくなった気がする。硬派なヤンキーだからだろうか。萌える。でもちょっと寂しい。
「リリ。大丈夫?」
乱れた髪を優しく直してくれるソラ。
ソラは兄様と同じくらい私をデロデロに甘やかす、危険人物になってしまった。
気を抜いたらダメ人間になりそうで怖い。
「うん。平、気……!?」
「よかった。疲れたからリリ補充」
ぎゅむっと正面から抱きしめてくるソラ。
私の家族のスキンシップ過多っぷりを見てきた弊害なのか、ご覧の通りです。
天狼は人に懐かないって何だっけ? 状態だ。
「何してんだテメェ……」
「いだっ」
ユイルドさんがソラの頭をガツンと叩き、実に良い音がした。ちょっとー!?
「……師匠。自分はできないからって八つ当たりするな。させないけど」
「は、はあ!?」
「なんだお前。それでもオレの息子か?」
「るせぇ! エロ親父は黙ってろ! ……チッ。ガキだガキだと思ってたら、いつの間にか女みてぇになりやがって調子狂うんだよ」
「オレに似た顔で気色悪いセリフ吐くんじゃねぇ」
「エロ師匠」
「あァ!?」
私の頭上で背の高い三人がギャンギャンと賑やかに騒ぐ。
一人だけ置き去りにして楽しそうにしないで欲しい。
私もユイルドさんをイジりたい! と言ったら本人に殴られた。痛い。




