92話 ソラの出生
「ソラ、ユイルドさんのこと師匠って呼んでるの?」
「名前長いし」
……そういう問題?
「師匠、離れろ」
グイグイとユイルドさんを押し退けるソラ。なんか不満そうだ。
「分かったから触んじゃねぇ。ったく、あとはガキ同士仲良くやってろ」
ユイルドさんはジロリとソラを睨み、背を向けたまま手を振り去って行く。
直後にバルレイ将軍の餌食になった。
酒瓶を片手にした陽気な酔っ払いからヘッドロックをかまされている。
「せっかく綺麗な髪がグシャグシャだ」
楽しそうだなぁと思っていると、ソラがそっと頭に触れてきた。
そのまま撫でるように優しい手つきで髪を梳いてくれる。
「ん。これでいい」
「あ、ありがとう」
そんな愛おしそうな顔しないで! なんか恥ずかしい……!
「リリ、ちょっと外の空気吸わないか?」
「へ!? あ、うん。いいよ」
ここだとドンチャン騒ぎの大人が賑やか過ぎるしね。
そして私もクールダウンしたい。
ソラと一緒にバルコニーに出れば、濃紺の夜空には満天の星が輝いていた。
連なる二つの満月も、優雅に地上を照らしている。
「綺麗だねぇ」
宝石を散りばめたような光景に思わず見入ってしまう。
今日の出来事が嘘のような美しさだ。
「リリ」
「ん?」
ぽけーっと夜空を見上げていたら、ソラが真剣な声で私を呼ぶ。
どうしたのかと思い振り返った直後、正面から抱きしめられた。
「ソラ……?」
「リリ。オレの種族を守ってくれてありがとう」
ソラの口から出たのは意外な言葉で、思わず驚いてしまう。
「う、ううん。ユイルドさんとラーディさんのおかげだよ。あとソラもね」
「オレは何も。リリにばっかり負担を掛けた……」
「そんなことない。……私はただワガママ言ってただけだよ」
色んな人が助けてくれたから良い結果が得られただけ。
魔法を教えてくれたミスティス先生、情報をくれた魔の森監視塔勤務の軍人さんたち、転移魔法で連れて行ってくれて手助けもしてくれたユイルドさん。
捕らえられた天狼を見つけ出してくれたラーディさんもだ。
みんなのバックアップがあってこそで、私の力じゃない。
そのラーディさんの処遇はというと、天狼を解放した功績に免じて無罪にしてもらった。上司としての監督責任はそれでチャラ。
クーデターを含めた一連の事態にラーディさんは一切関与しておらず、セレディさんの独断で行われたと証明されたのが後押しの材料になった。
生き残ったセレディさんと青髪の悪魔を尋問した結果なのだけど、きっと拷問にかけたに違いない。
でなければ素直に自供することはないだろう。
全ての引き金となったセレディさんは、主犯ということで極刑。
青髪の悪魔も計画段階から共謀したということで同じくだ。
もうこの世にはいない。
国を巻き込んでいるので、さすがに庇い切れなかった。
「それは違う……! そもそもリリが行動を起こしてくれなかったら、こうはならなかった」
抱きしめてくる腕に力を込め、悲しさを帯びた声で否定するソラ。
何か返そうとする前に、ソラはその状態のまま静かに問い掛けてきた。
「……オレの話、少しだけ聞いてくれる?」
「う、うん」
「オレ、群れのやつらが狩られてもしょうがないと思ってたんだ。そういう世界だから。でもいざそういう場面に出くわすと、動揺した。やめてくれって思った。あんなに抜け出したいと思ってた群れのやつらなのに……」
段々と小さくなるソラの声。
色んなことを思い出しているのかな……。
安心して欲しくて背中をさすれば、ソラは小さく「ありがと」と言い私を解放すると、続きを話し始めた。
「オレは天狼族の先王の子どもだって、ずっと前にリリの父さんが言ってたの覚えてる?」
「もちろん覚えてるよ」
「現王は先王の――つまりオレの父親の弟なんだ」
「それって、叔父さんてことだよね」
今日見たモフモフ獣人を思い出す。
人型になっても頭部が狼のままだったから、ソラと似ているのかはよく分からないけれど。
「ああ。でも先王を殺したの、現王なんだ」
「え」
「オレの母親を巡る争いで命を落としたらしい。殺そうとまでは思ってなかったらしいけど、結果的にそうなった」
「そんな……」
「オレはすでに母親のお腹の中にいて、その後に生まれたけど母親もショックが大きかったんだろう。後を追うように死んで、オレだけが残った。だから持て余されていたんだ」
…………こういう時に何て言えばいいのか分からない。
薄っぺらい言葉は言いたくない。
下手な言葉を掛ければ却って傷付けてしまうことだってある。
でもソラの寂しそうな顔を見たら、何もしない訳にもいかない。
迷った結果、私は下手に喋らず、ソラを抱きしめ返すことにした。
大好きな気持ちと、ずっと一緒にいるという想いが伝わるように。
「リリ?」
「…………」
「暗い話してごめん。でも助けてくれたリリには言うべきかと思って」
「……ううん。話してくれてありがとう」
私もいつか、前世の記憶があることを話すべきだろうか――。
「あともう一つ」
「ん?」
「現王の人型化に興奮してたことに対しては怒ってる。あんなオッサンのどこがいいんだ」
「えっ」
ハグした状態のまま、明らかに不機嫌な声で抗議された。
いきなり何の話? 真面目な話してた、よね?
「浮気禁止」
「は、はい」
はい? 浮気になるの?
「でもオレだけを選んでくれてありがとう」
ソラは耳元で甘ったるくそう囁くと、頬にちゅっと口付けてくる。
「っ!?」
「ふっ。リリ、真っ赤だ。可愛い」
いつかも言われたセリフを晴れやかな笑顔で言うソラ。
ぐっ……! なんだか悔しい。人型のソラにはどうにも敵わない。
「よほど死にたいらしいなこの駄犬が……!」
「に、兄様!?」
突然現れギリギリとソラの頭を鷲掴む怖い顔の兄様。
なぜか軍服のボタンが激しく千切れ飛んでいて、彫刻のような美しい上半身が丸見えだ。
何があったのですか。ごちそうさまです。
「いや兄様! 色気を振り撒きすぎですよ!」
「放せ! リリ、浮気禁止って言った……!」
「何の話だリリ?」
「えっと……って、ちょっとー!? その格好で抱き上げないで!」
兄様はソラを解放した途端、瞬間技でふわりと抱っこしてくる。
ちょまっ、刺激が強すぎる! 遠くで鑑賞するくらいが丁度いいよ無理!
「リリシア様、では僕のところへ!」
目のやり場を探していれば、キリノムくんが興奮気味にバッチコーイと両手を広げてアピールしてきた。
い、いつの間にそこに居たの。
「貴様は黙って給仕をしていろ、キリノム」
「ではリリシア様に給仕します。あーんしてください?」
「両腕を切り落とされたいらしいな……?」
「ダメですよ!?」
「……キリノムさんも懲りないね」
「……愛だね~」
戦慄しているとリドくんとセリちゃんまでバルコニーにやって来る。
「兄様! 女性の前ですよ! 早く上半身隠して!」
「……いいよ~。眼福だし~」
「だそうだ」
気持ちは痛いほど分かるけど止めて!
『兄さん……。いくら自分に自信があるからって、レディの前でさすがにそれはないっす……』
小型化したホムラくんがバルコニーの柵に乗り、呆れたように溜め息を吐く。
ポケ●ンに出てきそうなフォルムになり可愛い。
「出番なしは黙れ」
『ひえぇぇぇ……! 人が気にしてるところを!』
気にしてたんだホムラくん……。
こうして賑やかな夜が過ぎた。
一日にして約十五万人という死者を出した影響は大きく、以後十数年は何事もなく平和に時が流れる。
私はまた少し大きくなり、前世で死んだ時と同じ歳――二十三歳を迎えた。
第二章・完です。第三章に続きます。
次は獣人の国へ行ったり、恋愛要素も絡んできたりする予定です。
もし『気になる!』と思われたら、引き続きよろしくお願いします!




