91話 稀なる鬼人
お城に帰還したその晩、クーデター阻止記念に立食パーティーが開かれた。
と言っても主に軍人の皆様を労う為のものなので外部の人はおらず、気を張る必要のないものだ。
俗に言う無礼講。
バルレイ将軍なんて浴びるようにお酒を飲んで兄様に絡んでいる。
たまにしかお城に帰って来れない魔の森監視塔の責任者、ヴァンさんまで巻き添えだ。
せっかく自軍は死者ゼロだというのに、このままでは死人が出そうな勢いでドンチャンやっている。
将軍、周りがヒヤヒヤして疲れを癒すどころじゃないので程々にしてあげて!
「ハッ。ディーのヤツいい気味じゃねぇか」
チョコレートケーキをもぐもぐしながら傍観していたら、ユイルドさんが意地の悪い顔でニヤニヤしていた。
「こんなとこにいないでユイルドさんも混じればいいのに」
「ぜってぇ御免だ」
「ちょっと暴走気味ですけど、楽しそうじゃないですか」
「どこがだ。って、口にチョコ付いてんぞ」
「むぐっ」
グイッと少し乱暴に親指で口の端を拭ってくれると、何を思ったのかユイルドさんはそのままペロッと舐めた。
「クッソ甘ぇ……」
「な、何を……!?」
この天然エロ鬼人! 将軍そっくりか!
「あ? なに動揺してんだ」
「そういうの女性にしない方がいいですよ……」
「するわけねぇだろ」
つまり私は女じゃないと。まあ子どもだからね。くそう、動揺して損した!
「あ、そうだ。ユイルドさん、質問してもいいですか?」
「何だ」
「結界を壊す時に飲んでた小瓶、中身何だったんですか?」
飲んだ直後にユイルドさんの姿が変貌したやつのことだ。
角と両犬歯が更に伸び、髪がユラリと宙を舞うようになったのはどういう仕組みか気になっていたのだ。
「…………血だ」
「はい?」
「だから血だっつってんだろ」
「いやちょっと意味が分かりません」
鬼人は血を飲んだからといって、特に何も変化は起きない。
それなのにユイルドさんは姿も変わり、力も上がっていた。どういうことなの。
「……お前、吸血鬼って知ってるか」
「? はい一応」
この世界には吸血鬼もいる。
魔人と鬼人の間から稀に生まれる存在で、悲しいことに差別視される傾向にある。
魔人ほど魔力がなく、鬼人ほどの強靭さもない半端者、という認識だからだ。
前世だと結構強い存在に描かれているけれど、ここではそこまで強くない。
でも血を飲むと一時的にパワーアップすることができると聞く。
…………そ、そういうことですか!?
「オレの母親は吸血鬼だ。だからオレにもその因子が入ってる」
「すごい!」
吸血鬼にお目に掛かれる日が来るなんて! ハーフだけど!
「……なんでそんなに嬉しそうなんだよ」
「だって吸血鬼ですよ!? まさか会えると思ってなかったので大興奮です!」
「は、はあ……?」
困惑しきりな声を上げるユイルドさん。
だけど私の興奮は治まらない。
「他にも訊いていいですか……!?」
「な、何をだ」
「ユイルドさんは日光に当たっても平気みたいですけど、何か対策してるんですか? 吸血衝動はないんですか!?」
「落ち着け」
「あだっ」
ガスッと脳天に一撃を食らった。痛い……。
「すみません。無遠慮に訊きすぎました」
「……まあ、いいけどよ。太陽は眩しいと感じるぐらいで別に平気だ。吸血衝動もそんな頻繁には起こらねぇ。一応ストックを持ち歩いてはいるがな。だから割と自由だ。……多分、オレは因子が薄い」
「そうなんですか」
太陽の下を歩くことができず、また好んで血を飲むことも日陰者扱いされる要因となっているのだ。
ユイルドさんはどっちの素振りも見せなかったから、全然気付かなかった。
「おい。もし今後吸血鬼に会っても、同じこと訊くんじゃねぇぞ」
「訊きませんよ! ユイルドさんだからつい遠慮なく言ってしまっただけなので」
「ナメてんのかテメェ……」
「ち、違います! 信頼! 信頼の証です!」
「…………。にしてもマジで変わってんな、お前。普通は見下すか引いたりするもんだろうが」
「そんな人はブッ飛ばしていいです」
真顔で即答するとユイルドさんは一瞬驚き、フッと噴き出した。
「そうかよ」
「……あの、答えたくなかったらいいんですけど、もしかして放浪してたの……それが原因ですか?」
ユイルドさんはバルレイ将軍の息子。
そのことだけで、どうしたって注目が集まるはずだ。
もしそれが否定的なものだったなら、どれだけ居心地が悪いだろう。
「あー…まあこれだけじゃねぇがな。城の外にいる色んなヤツに興味があったし」
「……そうですか。戻って来てくれてありがとうございます」
「おう。もっと崇め奉れ」
「ユイルドさんに会えて嬉しいです」
「…………マジな発言やめろ」
グシャグシャと私の頭を乱暴に撫でるユイルドさん。
チラッと見えた顔が少し赤い気がした。で、デレた……!?
「師匠。何してるんだ」
背けられた顔を見ようと躍起になっていると、聞き慣れない単語と共に登場する一人の少年。
人型バージョンのソラだ。
急にいなくなるからトイレかと思っていたら、人型になって戻って来たようだった。
 




