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90話 元の鞘に納まるどころか投げ捨てる

 ま、まさか天狼族の王様……?


 以前ソラに聞いた王の器の特徴よりは獣の名残が多く残る天狼が、群れを代表するように前に立っている。

 ……うん。ちょっと待って。

「何か着てください!」

 見ちゃいけないものを見てしまった! 足の間にあるモザイクでボカすべきやつとかを!


「おい。事案が発生したぞ」

「……殺す」

「こ、殺さず衣服を可及的速やかに提供願います!」

 全身がモフモフとはいえ、人間と同じ様な身体のバランスで直立されると目のやり場に困る!

「では私が……」

 冗談と本気の入り混じるカオスなやりとりを見かねたラーディさんが申し出てくれた。

 ありがたい。きっと悪魔商会の在庫から素敵な服を出してくれるのだろう。


「あの、もういいですか?」

 衣擦れの音がしなくなったので目を瞑ったまま訊いてみる。

『失礼をした』

 ソロリと目を開ければ、なんとも素敵な獣人がそこにいた。

 大きく開いたシャツの胸元から覗くモフモフな毛、上質な上着とズボンから出るモフモフな腕と脚。

 いい! 写真撮りたい!


「リリ……」

「はっ! すみません、つい理性が決壊しました」

「グルルル……」

 大興奮で人型の天狼を見つめていた私を、ソラまで不満そうに抗議してくる。

 ご、ごめんよ。でも一番はソラだから!


 そんな私の熱すぎる視線をものともしない人型の天狼は、凛とした声で告げた。

『オレは天狼族の王だ。皆を助けてくれたこと感謝する。一族を代表して礼を言わせてくれ』

 予想通り王様だったらしい。

 合点がいく私とは反対に、兄様は頭を下げることはしない王様の謝辞に異を唱えた。


「貴様の誠意はその程度か。この様に幼く可憐な少女に身体を張らせておいて、大した御身分だな」

『……っ』

「に、兄様! 私が勝手にやったことですから! というか、私以外の活躍で助けられたので、口を挟める立場じゃないですが……」

 真の功績者であるユイルドさん、ラーディさん、ソラは何か思うところがあったかもしれないけど。

「テメェも無茶したろうが。なんか要求してやれ」

「私はリリシア様に少しでも恩が返せれば、後はどうでも」

 なんかって何ですか。

 ソラに至っては王様の顔を見ようともしていない。


「ユイルドさんたちに意見がないなら、問題なしということで……」

「そうか。リリの優しさに感謝するがいい」

 底冷えするような瞳で、王様と後ろに控える天狼たちを睥睨する兄様。

 美形が睨むとめちゃくちゃ怖い! とガクブルしていたら目が合い、蕩けるような甘い瞳に変わった。

「負け犬どもの所為で疲れただろう。帰ってゆっくり休むんだぞ?」

『待ってくれ!』

 今度こそ帰還しようとした兄様を、王様はまた引き留める。


「……何だ。くだらない事を言ったら殺すぞ」

『…………、我々は力が及ばなかったが、従属するつもりはない』

 ん? なんでそういう話になるの?

 あ、負けを認めたから?

 魔物を仲間にする条件に当てはまるってこと?


「リリ」

「はい?」

「従わないと言っているが、それで構わないか?」

「……もし仮に嫌だと言ったらどうなります?」

「力づくで従わせるか、殺す」

 そういやデスゲームだった!


「どっちもノーサンキューです。私にはソラがいるので!」

 無理矢理なのはモフ愛に反する。

 それにさっきからソラの反応を見る限り、今の段階で迎え入れるのは難しい。

 だからここは断わるべきだと思った。

 天狼はソラ一人で充分。

 帰る前にちょっとモフらせてくれたらそれでいいです。ダメですか。


「ガウッ!!」

 断わった途端、ソラが尻尾を千切れんばかりにブンブン振って喜んだ。

 後ろにいる悪魔商会の人たちがちょっと迷惑そう。風圧凄くてごめんなさい。


『……元気そうだな』

 王様が複雑な顔で喜色満面なソラに向かい呟く。

 状況的に必死過ぎて気にしていられなかったけど、冷遇していた張本人……なんだよね。

 でも今の王様の顔と声は、反省を含んでいるようにも思える。

 他の天狼たちはどうなんだろうと伺い見れば、想像以上の光景だった。

 一斉にへにょんと耳が垂れている。

 ぐっ……! 怒るに怒れないじゃない! ズルイよ!


「……何考えてんだお前」

 ユイルドさんの呆れた声で我に返った。いかん。そんなに緩んでましたか。

 ソラは無言で王様をジッと見つめ返すと、スタスタと私の元へ近付いて来る。

 王様や他の天狼に背を向けたまま、一度だって振り向かない。


 まるで決別だ。


「ソラ……」

 呼び掛ければ兄様の腕を踏み台にして立ち上がり、私の頬をペロリと舐めた。

 心配するな、とでも言わんばかりに。

「今夜は焼肉だな」

「兄様ッ!?」

 ソラを見ながら焼肉のタレのCMみたいなセリフ真顔で言わないで! させないよ!?


「よし、じゃあマジで帰ろうぜ。腹減った」

「最後の晩餐くらいはさせて頂けるので?」

 元締めまでもがご飯に思考をシフトさせる。

 うん、生きる上で食事って大事だけどさ。


「空気読んで! ソラの大事な場面だよ!? こんな終わり方でいいの!?」

 天狼族の王様も天狼たちも悪魔商会の人たちも、みんな揃ってボカーンとしている。真っ当な反応だよ!

「ガウ!」

 一人狼狽える私にソラが元気よく吠える。

「…………まあ、ソラがいいならいいか」


 こうして今度こそ天狼商品化計画は完全に潰れた。

 どこまでも締まらないコントのような幕引きとか、実に私らしいと思う。


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