89話 思わぬ褒賞
軽い残酷描写を含みます。ご注意ください。
「で? コイツらどうすんだ」
戦闘モードからいつもの姿に戻ったユイルドさんが、兄様の魔法で縛られたセレディさんと青髪の悪魔をグリグリと踏みつける。
「ま、まず女性を足蹴にするのはやめませんか」
「あァ? こんな外道、女じゃねーだろ」
そんなことない、と反論できない複雑な心境。
私を一生飼い殺すとか言ってたし、ね……。
「ではその問題は一先ず置いといて……。セレディさん、捕らえた天狼の転移先を教えてください」
「言うと思っているの?」
強気にフンッと鼻で笑われてしまった。まぁ、そうくる予想はしてたけど。
「リリの顔に傷を付けたのは貴様か」
兄様が私の後ろ頭に手を当て、セレディさんの方に向けないよう優しく固定しながら問い質す。
「だったら何ぎゃあああああああーーーー!!」
突然、響く断末魔。
ジュッと何かが焼ける音と、鼻をつくような嫌な臭いが辺りに立ち込めた。
「な、にを……?」
絶叫を上げたセレディさんの様子を確かめようにも、兄様の手がそれを許さない。
「オレよりえげつねぇな……」
「リリが受けたのと同じようにしてやっただけだが?」
「いや溶けてはねぇだろ。つーか、こんな化け物そいつに見せたらトラウマになんぞ」
「それは困る」
治癒、と兄様が呟くと頭の拘束を解いてくれた。
慌てて振り向けば荒い呼吸を繰り返しているセレディさん。欠損部分以外は傷一つ無いものの、顔色が酷く悪い。
「兄様! 拷問は駄目です!」
「拷問ではない。リリを傷付けた罰だ。こんなものでは軽過ぎるがな」
「どっちにしろ惨いことはやめてください! もっと人道的に!」
「相変わらず慈悲深い」
焦る私の前に渋い声のおじさまが突然現れる。
ダークグレーの髪を撫でつけ黒スーツに身を包んだフィクサー、もとい悪魔商会の元締めであるラーディさんだ。
「ディートハルト様、リリシア様。突然の訪問をお許し頂きたい」
「何の用だ。貴様の部下が仕出かした始末、一族郎党の命だけでは済まないぞ」
「覚悟はできております。その前にリリシア様にご報告を」
「いやそんな覚悟しないで!」
もうちょっと貪欲に生きよう……?
「……あの、それで報告って何でしょうか」
「はい。セレディらが捕らえた天狼たちの居場所を割り出し、連れて参りました」
そう言い終えると、ラーディさんの背後に数十人の悪魔が一斉に現れる。
天狼と一緒に。
「なっ、おのれラーディ……!!」
解放され感動の再会を果たす天狼たちを横目で睨みながら、セレディさんがギリッと奥歯を強く噛む。
「ラーディさん、一体どうやって……?」
「そこは企業秘密――と言いたいところですが、リリシア様より中止の要請を受けて以後、万が一に備えセレディの近くに子飼いの密偵を数人、紛れ込ませておりました」
すごい。
さすが商会の元締め。抜け目がない。リスクヘッジが完璧だ。
「天狼に我々が害ではないことを説得するのに少々時間が掛かってしまい、こうして遅れてしまいましたが」
「いえ、とんでもない。ありがとうございます、ラーディさん。心の底から感謝します」
こんな体勢で言うのが申し訳ない。
姫抱きから降ろしてもらえないので許してください……。
「私は先程もリリシア様に命を救われた身。これぐらいでは、まだまだ返す恩には足りないかと」
「リリ。何の話だ」
「ぅえ? ……えっと、父様と一緒に城下に行ったのですが、その時に父様のオーラに当たりそうになったので庇いました」
「父上と城下へ……? 聞いていないぞ」
引っ掛かるのはそこですか兄様。
「ならコイツら殺すか。もう用はねぇだろ」
黙ってやり取りを聞いていたユイルドさんが、さも当たり前のように死刑宣告を下してくる。
「いやいやいや! 死刑反対!」
「では終身拷問刑だ。憂さ晴らしのいい木偶が手に入ったな」
兄様の鬼畜発言に、セレディさんの顔から更に血の気が失せる。青髪の悪魔もだ。
きっと死ぬ方がラクだと思える未来を想像したのだろう。
さっきの制裁を加味すれば当然だ。
「は、判決は後ほど! とりあえず一旦帰りませんか……? 父様たちもどうなっているのか心配です」
確か総勢十五万とか言ってたはずだ。戦況が知りたい。
「……あれ? 兄様」
「どうした」
「三万の反逆者は?」
「殲滅してきたが?」
早 す ぎ る。
「三万対一ですよね!? おかしくない!?」
「皆殺せばよいのだから容易いものだ。誰かと違って結界も張れるから、民間人を巻き込むこともないしな」
「あァ……?」
私を挟んでバチバチと火花を散らす兄様とユイルドさん。
もう止める元気もないよ。脱力だよ。
「兄様。他はどうなっているのか念話で訊けますか?」
「ん? ああ、もう終わったようだ」
「で、では」
「父上の王制に変わりはないぞ」
「よ、よかった……」
反逆イベントとか、もう勘弁してもらいたい。
のんびりスローライフでいいよ。日々ソラを愛でるライフでいい。
セレディさんも作戦が完全に失敗したと知り、項垂れ静かになってしまった。
「ところで兄様。ホムラくんは?」
「置いてきた」
毎度のパターンですね。頑張れホムラくん!
「では帰るか」
『お待ちを』
帰還を果たそうとした私たちを、聞いたことのない声が引き留める。
疑問に思い兄様の肩越しに辺りを見回せば、今までになかった姿が一つ。
狼の頭と手足を持った人型の天狼が、こちらを見ていた。




