86話 無謀な作戦
「がっ……!」
視界がグラつき口から胃液が吐き出される。
衝撃に耐え切れず、膝から地面に崩れ落ちた。
「リリシア!!」
ぼんやりと耳に届くユイルドさんの焦った声。
……こんな時に初めて名前を呼ばないでよ。痛くて喜べない。
「気絶しないとはさすが……おい、やめ――!」
「グルルルルル!! ガウッ!!」
すかさずソラが飛ぶように駆けて来て悪魔に襲い掛かり、地面に押し倒し喉元に噛み付いた。
「ッ、……!!」
声にならない悲鳴を上げる悪魔は、ゴキュッという嫌な音がするとそのまま動かなくなる。
……きっと気絶じゃなく死んでいる。
さっきのは多分、ソラに喉笛を噛み砕かれた音だ。
「ソ、ラ……」
「ガウゥ」
口元をベッタリと血で染めたソラが、心配そうに歩み寄ってくる。
ソラも殺すことに躊躇いがなかった。
殺される前に殺すのが魔族の鉄則とはいえ、私のせいでそうさせてしまったことに大きな罪悪感が湧く。
「ごめんね、ソラ……」
私が言わんとしていることが分かったのか、ソラはフルフルと横に首を振る。
さらには慰めるように身体をすり寄せてきた。
……いつだってソラは自分より私を優先してくれる。
これ以上負担にならないよう、しっかりしなきゃ。
足も視界もふらつきながらなんとか立ち上がれば、セレディさんが長い爪を噛み絶命した悪魔を睨み付け呪詛を吐いた。
「チッ。使えないわね」
あんなに良い人だと思ったのに、今のセレディさんは悪そのものだ。
これが彼女の本性なのだろうか。
「……おい、リリシア」
「ぅわあ!?」
神速でユイルドさんが私の目の前に立ち、怖い顔で見下ろしてくる。
「もうオレは我慢の限界だ。これを飲め」
「いや前後の文脈がおかしいです。何ですかその小瓶」
ユイルドさんの手にあるのは、緑色の液体が入った小瓶だ。
この色の液体は通例通りなら良い物のはずだけど、うちの城の人たちは劇薬ばかりを持ち歩くので、不安が拭えない。
「回復薬だ。それ飲んで回復したら結界張れ」
それだけ言って小瓶を私に押し付けるとまた離れ、攻撃に戻るユイルドさん。
「は、はあ!?」
「天狼どもを傷付けないようにしながら戦うと力が出せねぇ! だから結界張って守れ! そしたら悪魔は楽にブッ殺せる!」
一度に数十人を相手にしながら遠くでユイルドさんが叫ぶ。
「理屈としては分かりますが、練習中で上手く張れないって言いましたよね!?」
「根性でなんとかしろ! オレは複合魔法なんて使えねぇんだ!」
そりゃあ鬼人は魔法が得意じゃない種族だけど!
「無茶言わないでください!」
「できなくてもやれ! じゃねぇと天狼が残らず狩られるぞ!」
……確かに今も一際大きな天狼が先頭に立ち、防戦一方な状態だ。
悪魔は魔法と物理、両方を巧みに操るバランスタイプな種族で隙がない。
ここまでもっているのは天狼自身が弱くはないからだろう。
でも、言われた通りあまり後がない。
「捕まった天狼はどうやって取り戻すんですか! 全滅させたら居場所が分かりません!」
捕らえられた天狼は転移魔法を使ってどこかに飛ばされている。
悪魔は身を隠すのが上手い。悪魔商会の本部が不明なままでいられるのも、その特質性があるからだ。
ここで失えば、探すのはきっと困難を極める。
「そっちは諦めろ!」
「なっ……!」
「根こそぎ狩られるよりはマシだろうが!」
――究極の選択。
どちらかしか助けられないならどうする? というやつだ。
命を天秤に懸け、重い方を選ぶ。
「何をゴチャゴチャ言っているのかしら?」
余裕たっぷりのセレディさんが下にいる悪魔の誰かに目配せする。
見逃さないユイルドさんは攻撃を切りやめ、再び私の前に庇うようにして立った。
「チッ。どいつに合図送りやがった」
「ユイルドさん」
「あァ?」
「セレディさんを……空中にいる首謀の悪魔を攻撃するのは、最後にしてもらえませんか」
「……何するつもりだ」
「ちゃんと結界を張ります」
ただし天狼だけじゃなく、セレディさんも閉じ込めるものを。
それがどっちも選べない私の答え。
「ソラ、手伝って!」
「ガウッ!」
一気に回復薬を飲み干しソラと一緒に走り出す。
「ちょ、おい!」
意外と頭脳派なユイルドさんは勘付いたかもしれない。
きっと無茶だと思うだろう。
でもやると決めたのだ。
一度だけでいい。
やる前から選択肢を狭めたくない。
「ユイルドさん、ちょっとだけ時間を稼いでください! お願いします!」
まずは残っている天狼に合流する。
私が盾になれば攻撃系魔法は意味を成さなくなるし、結界を張ろうとすると手が出せなくなり焦るはずだ。
と同時に、向こうにとっては一網打尽にするチャンスでもある。
ずっと指示するだけだったセレディさんが動く可能性は高い。
結界が出来そうになったらセレディさんを挑発なりしておびき寄せ、近付いて来たところを閉じ込める。
これが私の立てた作戦。
上手くいくかは分からない。
だけどもう引き返せないところまで来ていた。




