85話 乱戦
「あァ? 通りすがりの鬼人だ」
「嘘言わないで! そんな姿見たことないわよ!」
「るっせぇな。何でもいいだろうが。これから死ぬんだからよ」
「……なんですって?」
セレディさんにも殺気が募り、激しく睨み合う両者。
まずい。訊きたいことだってあるのに、結界の外にいた悪魔みたいに殺されたら困る……!
私はわざと二人の邪魔をするよう一歩前へ出た。
「セレディさん」
「あら、リリシア様。本当に阻止しに来られたのですね。また変わったお友達を連れて」
こんな場面でも、セレディさんは営業に来る時と同じ様に話し掛けてくる。
……普段通りなのが逆に怖い。
「すみません。どうしても見過ごせませんでした」
「もしかして圧力をかけたのも貴方かしら」
「はい。元締めに頼みました。最低なことだと思っています」
「ええ、本当に。仕事を生きがいにし、情熱を注ぐ大人をなめているの?」
スッと笑顔を消し無表情に変わるセレディさん。
そのまま私を威圧的に見下ろすと、蔑むように吐き捨てる。
「元締めもよ。こんな小娘にいいように使われて」
免罪の代わりだと話したところで、この人の気持ちに変化はあるだろうか……。
けれど言葉を返すより先に、セレディさんは何かが吹っ切れたように笑い出した。
「だから従うのを止めることにしたわ。ここにいる同士と共に、どんな権力にも屈しない、新たな商会へと進化させる。真に悪魔の為となる商会を作るのよ!」
「なっ……」
「元締めの座は私が頂くわ。天狼は生まれ変わる商会の目玉商品。貴方に尻尾を振って中止を命じたラーディの鼻を明かすには、丁度いいでしょう?」
饒舌に語り続けるセレディさんに段々と狂気が浮かんでいく。
もう説得の余地はないと感じさせるほどに。
いつからセレディさんはこんな風になったんだろう。
…………いや、考えてみればソラの服を買った時から、少し仕事に対する執着が過ぎるように感じていた。
もしかしてあの時からすでに、新しい商会を作るという野心がどこかにあったのかもしれない。
それを表面化させるきっかけを、私が与えてしまったのだ。
「ベラベラうるせぇぞババア。魔王の娘にケンカ売ってタダで済むと思ってんのか」
不快感を隠しもしないユイルドさんが、私の隣に立ち睨みつける。
「大丈夫よ。その為に人質になってもらうから」
「ハッ。こつを捕らえて解放する代わりに、今回の件は見逃せってか?」
「いいえ。そんなことしても、その後に殺されるだけでしょう? だから私たちと一緒に居てもらうわ」
「はぁ……? 何言ってんだテメェ」
「一生飼い殺してあげるのよ」
真っ赤な唇を三日月にして、歪に笑いかけてくる。
――怖い。
普通なら足が竦むような異常さだ。
でもセレディさんの後ろに見える悲惨な光景がそれを許さない。恐怖を上回るほどの怒りが私を支える。
ソラの種族に何てことをしてくれたの。
「残念ですが、私は人質に成り下がった時点で自害しますよ。どんな手を使っても」
「は……?」
「そういう約束でウチの参謀に外出許可を貰ったので」
不敵にニヤリと笑って見せれば、周りにいる悪魔たちが一瞬たじろいだ。
「だとよ。ナメてんのはテメェの方だったな」
ユイルドさんも鼻で笑い、いつもみたいにグシャッと頭を撫でてくる。
せっかく格好付けてるのにボサボサにしないで欲しい。
「……ふっ。あははは! いいわ。なら勝負しましょう。魔族らしくね!」
セレディさんが宣戦布告し終える前に動き出す悪魔たち。
三百人以上は居そうな軍勢が、一斉に襲い掛かってくる。
「お前、俺より前に出るなよ! 巻き添え食らっても知らねぇからな!」
不穏なセリフを一方的に言い残し走り出すユイルドさん。
文句を言おうにも、さっきの強烈な一撃を見た後では反論の余地がなかった。
ユイルドさんは大剣で、私は得意な氷魔法で迎え撃つ。
「大人しく捕まってください」
雷魔法の電撃を身に纏う悪魔が捕獲しようと手を伸ばしてくる。
バックステップで避けたところで休む間もなく次の相手。
代わる代わる責め立てられる。
最初こそ攻撃系魔法無効のアドバンテージがあったものの、実戦経験も多対一の戦闘にも慣れていない私は、徐々に捌き切れなくなり始めた。
「魔法は効果がない! 物理攻撃で行け!」
バレてしまえば余計に。
「ガウッ!!」
それをサポートするようにソラが駆け抜け、軌道を逸らすよう体当たりしたり噛み付いたりしてフォローしてくれる。
攻防入り乱れた乱戦だ。
必至に応戦している間も、人数で勝る悪魔たちは着々と天狼を狩っていく。
群れを分断させるように誘導し、殺さない程度に嬲りながら。
ソラに似た姿形の天狼たちが次々と捕らえられ、少しずつ数を減らしていくのが目に明らかになってきた。
結界を破った時にはまだ五十頭ほどいたはずなのに、おそらくもう半分近い。
「あらぁ? 随分と苦戦しているわね」
セレディさんが空中で高みの見物をしながら、私たちを煽ってくる。
「……ぐっ!」
「るっせぇぞババア! 皆殺していいなら瞬殺だコラァ!!」
「守るものがあるって大変ねぇ」
嘲笑い、おもむろに両手一杯に小型ナイフを扇状に取り出す。
それに火魔法で炎を纏わせると、一頭の天狼目掛けて躊躇いなく振り下ろした。
「ほらほら、助けてあげないと死んじゃうわよ?」
「ッ……!?」
ふざけんな!!
全力で走りながら発動させる魔法に意識を集中させる。
今の私ではあまり遠いと威力が下がってしまう……!
「……【氷壁!】」
間一髪のところで氷のガードを作り、なんとかナイフを弾いた。
ガキンッと音を立てたナイフたちは、鎮火されバラバラと地面に落ちていく。
「ハァ……、ハァ……。間に、合った……」
「お見事。次はこっちよ」
同じ要領で別の天狼を標的にするセレディさん。
「おい! あんま突っ込むんじゃねぇ!」
ユイルドさんが警告したのも間に合わず、腕を突き出し魔法を発動させた直後。
急に横から現れた悪魔の一人に、がら空きになったみぞおちを思いっ切り殴られた。




