83話 戦闘開始
ユイルドさんの先制攻撃で結界の外を固めていた悪魔たちが一斉にこちらを向き、襲い掛かってくる。
その数、約三十名。
「魔王の娘は生け捕りにしろ! そこの天狼もだ!」
私が来ることは想定済みだったらしく、顔を見られた途端、リーダー格っぽい大柄の悪魔が他の悪魔に指示を出した。
半数がユイルドさんへ、残りが私とソラへ向かって来る。
「ちょ、向こうは作戦バッチリですよ! だから担がれてる時に訊こうとしたのに!」
「ならこっちの作戦は皆殺しだ」
残虐さを灯らせた瞳で、左腕に着けていた銀の腕輪から大剣を取り出すユイルドさん。
ファッションの為の腕輪ではなく、魔道具であるアイテムボックスなのだ。
使っているところを初めて見た。父様を筆頭にみんな空間魔法が使える為に必要がなく、誰も持っていないから。
例外的にバルレイ将軍だけは着けているけど、何でも腕力で運んじゃうし、武器は背中に差して歩くから意味がない……。
とか解説してる場合じゃなかった。何その作戦!
「チッ。木が邪魔だな。おい屈んでろ」
あまりの気迫にすぐに従うと、ユイルドさんは大剣を横に一閃。
衝撃波がズダァンッと派手な音を立てて目の前の木々を粉砕した。
文字通り木端微塵。
微塵にならなかった木の上部が、鉄槌のように上から次々落ちてきては倒れる。
避けきれなかった数人の悪魔も地面に倒れ、他の悪魔は散開して距離を取った。
……初手でこれ?
「多少動きやすくなったか」
いや、うん。視界もすこぶる良好ですよ。
「ひ、怯むな! 殺れ!」
リーダーの鼓舞する指示で再び襲い来る悪魔たち。
陽の光が届くようになったので、殺気が少し削がれている表情までよく見える。
でも同情はしない。
出来るほど余裕がない。
結界の中の惨状を見てしまったから。
すぐにブワッと自分の中から魔力が迸るのを感じた。
「ガウッ」
そんな私を諌めるようにソラが吠える。
……大丈夫。理性は手放してないよ。ミスティス先生の時みたいに暴走したりしない。
そうならないよう鍛えてもらった。
「天狼、そいつはテメェがきっちり守れ。いいな?」
「ガウ」
ユイルドさんがチラッと私を見ながらソラに指示を出す。
何をする気か問う前にユイルドさんは駆け出した。
「おいクソ悪魔! ガキと犬っコロを狙うなんざ恥ずかしくねぇのか! 悪魔ってのはとんだ腰抜け野郎どもだな!」
悪魔の群れに真正面から突っ込み、声高に嘲笑するユイルドさん。
あからさますぎる挑発だ。
けれど悪魔は総じてプライドが高い。見下されれば例え安い挑発にも反応してしまう。
案の定、大半の悪魔がユイルドさんに矛先を向けた。
私とソラを捕獲するという指示はおざなりになり、こっちへ向かって来るのはごく僅かな人数だけになる。
きっとユイルドさんの策略通りだ。
私に飛び掛かろうと高く跳躍した悪魔たちに、氷魔法で応戦するべく集中する。
相手は私を殺す気じゃない。
それなら実戦経験に乏しい私でも付け入る隙があるはず!
「……【氷霧!】」
まるごと氷漬けの刑に処すべく、広範囲に魔法を展開する。
ミスト状に霧散した氷の粒子が触れたものを凍らせる魔法だ。
爪で割ろうとする人、火魔法で溶かそうとする人、どちらも間に合わずパキパキと音を立てて凍っていく。
だけど逃れた三人は私に真っ直ぐ向かってくる。
「ガウッ!!」
それを阻止したのは飛ぶように空を翔けたソラだ。
空中にも地面があるみたいに二、三度跳躍すると噛み付き振り落していく。
「……【氷縛!】」
地面に叩きつけられたところをすかさず凍らせ、反撃される前に無力化した。
そうして五体の氷の像が出来上がり、少しの沈黙が訪れる。
「…………や、やった……?」
とりあえず向かって来る悪魔はいない。
ソラも私も無傷でいることに安堵する。でもまだ気を抜いてはいけないと、緩みそうになる緊張感を引き締めた。
ほとんどの悪魔を引きつけてくれたユイルドさんはどうなっているのかと振り向けば、そこにあったのは目を覆いたくなるような光景。
――死屍累々。綺麗に纏めれば、だ。
血の海の上に切り離された人体の一部が散らばり、潰れた顔や身体の悪魔が山となって積まれている。
一瞬、嘔吐感が込み上げるが、吐き出すことなくすぐに治まっていった。
動揺から激しく脈打った心臓も同じだ。
……私、本当に人間じゃなくなったんだ。
普通なら耐えられない凄惨さなのに、驚くほど冷静に捉えている。
忌避感はあるものの、これを受け入れられる自分はやはり魔族なのだと、痛烈に思い知らされてしまった。
自分はこんな事はしたくないと思えるだけ、まだマシだろうか。
「ガウ……」
「ソラ、助けてくれてありがとう」
心配そうに寄り添ってきてくれたソラを撫でて精神安定を図る。
まだすべきことが残っているのだ。
……落ち込むのは後でも出来る。
「おい、大丈夫か」
頬に飛び散っている返り血を拭いながらユイルドさんが近付いて来る。
あの惨状を作り出した本人に対しても、恐怖も嫌悪も感じなかった。
ただやりすぎじゃないのか、という感情だけ。
「はい。ユイルドさんがほとんど引き受けてくれたので」
「なら問題はアレだな」
目の前の結界にユイルドさんが目を向けた。
 




