81話 魔の森
「魔の森を監視する為に残っていたヴァンの部下からの報告です」
「あらあら。では天狼はそこにいるのでしょうね。リリ、誰と行くの?」
母様はあくまで見守ってくれる立場らしく、指示を出さず私に指揮を任せてくれる。
きっと私に後悔が残らないようにしてくれているのだろう。
その気持ちをありがたく受け取り、私は無い頭を振り絞る。
「…………。では、この中で魔の森北西部に行ったことがある人はいますか?」
転移魔法は便利だけど、一度自分の足で訪れた場所にしか行くことが出来ない。
兄様が国内をパトロールしているのだって、半分は転移拠点を増やす目的が含まれているのだ。
今みたいな有事の際に、すぐに移動できるように。
「僕はあります」
「…………オレもだ」
キリノムくんとユイルドさんが手を上げる。
キリノムくんは食糧調達、ユイルドさんは放浪している時に訪れたことがあると言う。
リドくんとセリちゃんはないようで、二人とも首を横に振った。
「ユイルドさんは転移魔法、使えますか?」
使っているところをまだ見たことがない。
この部屋に来た時も、転移魔法か自力か見ていなかったのだ。
「まあ一応は。あんま得意でもねぇから、普段は使わねぇけどな」
「そうだったんですね」
なら最後の確認事項を。
「母様。キリノムくんとユイルドさん、王都の防衛に向いているのはどちらですか?」
城下にはたくさんの人たちが暮らしている。ついさっきそれを見てきたばかりだ。
その人たちを守ることも大事で、疎かにしてはいけない。
だから適任のどちらかには、残って王都を守ってもらいたい。
「それはキリノムね。ユイルドはつい最近こちらに戻って来たばかりだし」
「なるほど。ではユイルドさん、私と一緒に行ってくれませんか?」
「…………仕方ねぇな」
ユイルドさんも選んだ理由に納得してくれたからか、私の要請に特に文句を言うでもなく了承してくれる。
ありがたい。
「おい、ユイルド。二秒で王都の地理を把握しろ。そして代われ」
「キリノムくん!?」
「出来るわけねぇだろ! おら、行くぞ!」
不満げなキリノムくんを無視して、私に手を差し出してくるユイルドさん。
一緒に転移する為だ。
「リリの事を頼んだわよ、ユイルド」
「……リリシア様、気を付けて」
「……こっちは任せて~」
母様、リドくん、セリちゃんまで無視してお見送りしてくれる。
ごめん、キリノムくん! 時間も惜しいので私も便乗する!
「行ってきます。ユイルドさん、お願いします」
「ガウ」
ユイルドさんの大きな手に掴まれば、ソラも行く気なのか一吠えするとユイルドさんの腕にガブリと噛み付いた。噛み付いた?
「……おいテメェ。ついて来んのはいいが噛み付くんじゃねぇよ」
「いいぞ駄犬。もっとやれ。食い千切れ。リリシア様と行動できるなんてクソ羨ましい」
「キリノムくん!? って、言ってる場合じゃない! ユイルドさん!」
「…………チッ。掴まってろよ」
その言葉を合図に浮遊感に襲われた。
「うわぁ!」
瞬き一つで足場の悪い森の地面に到着し、思わずよろける。な、何このヌルッと感!
「何してんだお前……」
「すいません……」
想像以上にぬかるんだ地面にバランスが取れなかった。ソラが背もたれになってくれなかったら、いきなり泥まみれだったよ……。
「ソラありがとう」
「ガウ」
「チッ。天狼と悪魔どもはどこにいやがる」
後ろに仰け反った私を引っ張り起こしながら、靄がかかって視界極悪な森をキョロキョロとするユイルドさん。
でも天狼どころか魔物一匹すら姿が見えない。
「魔力探知とかで分かりませんか?」
「気配が密集しているとこはいくつかあるが、特定までは無理だ。主犯のやつに会ったことが一度でもあれば、分かったかもしれねぇけどな」
「そうですか……」
初めて入った魔の森は、見渡す限り鬱蒼とした木々ばかりで、まるで樹海だ。
垂れ下がった蔦や毒々しい色をした魔花や魔草が妖しさを演出し、苔がはびこる地面からは歩く度に粘着質な音が鳴る。
背が高すぎる木のせいで陽の光も遮られ、昼間だと言うのに薄暗い。
遠くには多種多様な魔物の鳴き声も聞こえてくる。
絶対に童話とかには出てこないタイプの森だ。
寝てる場合でもお婆さん家に行く為に通ってる場合でもない。
そんなことをしたら物語が始まる前に主人公は死ぬ。
そう思える不気味さだった。




