79話 やる時はやる
メリゼさんのお店を出て、一度退場願っていたルノアを再び召喚しようとした父様が、急に厳しい表情に変わった。
「父様?」
「すまぬリリシア。急用ができてしまった」
「いえ、それはいいですが。何かあったんですか?」
「国内各地でクーデターが起きているから城に戻れと、ノインから念話がきた」
「え……っ!?」
思いもしない事態に動揺していると、目の前にフッと一人の人物が現れる。
つい最近、知り会ったばかりのフィクサーと見紛うおじさま――悪魔商会の元締めだ。
「陛下、リリシア様。突然の御目通りをお許しください」
「ラーディさん!?」
「……よくも私の前に姿を現せたものだな。貴様に構っている暇はない。失せよ」
「お怒りはごもっとも。ですがリリシア様にどうしてもお伝えせねばならないことがあり、恥を承知で参った次第です」
ずっと地面に片膝を着け、頭を下げたままラーディさんが譲らず述べる。
何だろう……。すごく嫌な予感しかしない。
「すみません、ラーディさん。手短にお願いできますか?」
「はい。セレディが密かにクーデターを目論んでいた者達をまとめ唆し、自らは集めた仲間と共に天狼を狩りに動き出しました」
「なっ……」
「同時多発しているのはそのせいか。……やってくれたな悪魔風情が」
父様の意識が戦闘モードへとシフトしたのか、ブワッと溢れ出す黒く禍々しい魔力のオーラ。
半径五十メートル四方に影が差したかと思うと、そこにあった何もかもが一瞬で朽ち果てた。
メリゼさんのお店も含めた周りの建物が骨組みだけになるほど腐食し、まるで廃墟通りみたいになってしまった。
王都は魔王城直下ということで、建築物には魔法耐性を上げるよう定めてある。
クーデターに対する備えだ。
もし戦場となっても被害を最小限に抑える為、火耐性を筆頭に強化しているはずなのである。
それなのにこの惨状……。魔法を使ったわけではなく、オーラだけなのに威力がえげつなさすぎる。
まさしく魔王だ。
咄嗟にラーディさんを庇わなければ、多分死んでたよ……。
ちょうど屈んだままの体勢でいてくれてよかった。身長足りないから。
街の人たちも異変を察知して避難してくれたのか、無残な光景はなかった。
……存在ごと消滅したのではないことを祈りたい。
「り、リリシア様」
突然女児に抱き着かれたフィクサーは困惑気味だ。いや、痴漢行為じゃないです。
「リリシア。帰るぞ」
「は、はい」
「リリシアとの約束を反故にした貴様の処分は追って下す。楽に死ねると思うな」
「ちょ、ちょっと父様!」
「話は後で聞く。私にしっかり捕まっていろ。転移魔法で城まで飛ぶ」
「はい……」
魔王モードの父様に反論の余地はなかった。
「ノイン。状況は」
「東西南北の四地点から徐々にこちらへ向かう包囲網を敷いているようです。数は全部で約十五万。南に五万、北に四万、東西に三万という偵察部隊からの報告がきています」
一瞬で魔王執務室に帰還した父様は、地図を広げ待機していたノイン参謀と作戦会議を始める。
私に激甘な普段の父様とはまるで別人のように厳しい顔だ。
「では向こうの戦力が厚い順に私、バルレイ、ディートハルト、ヴァンで向かう。私とディートハルトは単独で構わぬ。軍の者はバルレイに三十名、残りは王都の警備に回す。ヴァンは監視塔の部下と共に向かわせる。城の防衛はティエルに。全拠点の戦況整理及び指揮はノインが。それでよいか」
「異存ありません」
ヴァンさんというのは、バルレイ将軍より一つ下の階級である大将の肩書きを持つ軍人だ。
うちの国の北側に位置する魔物の巣窟――通称『魔の森』の監視任務を行っている人で、お城にはほとんどいない。たまに報告に帰って来る感じの人だ。
魔の森はこの世界の中心に位置している。
その周りをグルリと取り囲むように各国が存在しているのだ。
だからどの国もそこを常に監視している。
自国に魔物が押し寄せることのないように。
「では私は先に向かい根絶やしにしてくる。他の者への指示は念話で済ませた。あとは頼んだぞノイン」
「承知致しました」
「良い子で待っているのだぞ。リリシア」
一方的に言い残すと、父様はフッと姿を消す。
……すみません父様。その言い付け、守れそうもありません。
「ノイン参謀」
「駄目です」
「まだ何も言ってませんよ!?」
「天狼を助けに行くと仰るのでしょう? 陛下から話しは伺いました」
「い、いつの間に……!」
「と言いますか、現在進行形で事情を聞いているところです」
私と会話しながら父様と念話をしているらしい。聖徳太子ですか。
そして父様も戦闘しながら何してるの。気が散りすぎだよ。
「貴方が何やら一生懸命に魔法の修行をしていたのは、そういう理由でしたか。ですが、状況が状況です。お一人で危険な所へ向かわせるわけにはいきません」
ノイン参謀は机の上の地図に父様たちに見立てたコマを置き、動かしながら私を諭してくる。
「第一、場所はお分かりなのですか? よしんば分かったとして、どうやって向かわれるおつもりですか。転移魔法はまだ使えないのでしょう」
「それは……」
「非情なことを言うようですが、私は陛下から貴方の命を預かる身。貴方の安全が最優先です。その為なら嫌われようが罵られようが厭いません」
いつもより冷酷無比な視線を一瞬だけ私に向け、再び地図へと戻すノイン参謀。
「分かりました」
「……分かって頂けたのですか」
「非常時なら私もなりふり構いません。どんな手も使います」
「はい……?」
「悪魔の手を借ります」




