76話 持ちすぎると感覚はおかしくなる
「リリシア、準備は出来たか?」
「はい! バッチリです!」
ドレスから外出用の軽装に着替え直し、ビシッと父様に敬礼する。
胸元にフリルがある水色のブラウスに青いリボン、白いハーフパンツと黒ニーソにブーツ。髪はメイドさんに両サイドをゆる三つ編みにしてもらった。
「リリは何を着ても愛らしいな」
「ありがとうございます! 父様こそ軍服以外でも格好良いですね」
今の父様は貴族みたいな服装。
ジュストコールっぽい黒の上着には金糸の刺繍が品良くあしらわれ、中のシャツも黒でジレはダークグレー。黒いズボンはロングブーツにすっきりと納まっている。
まるで有名画家の絵画から飛び出してきたような、洗練された雰囲気だ。
「そうか? リリがそう言ってくれるなら嬉しい」
なぜお互いのファッションチェックなんかをしているかというと、ノイン参謀に外出願いを申し出た一刻後、私と父様は王都見学に繰り出すことになったからである。
参謀の計らいにより父様を午後休にしてもらったおかげで、ようやく念願の外出が実現するのだ。
部下であるノイン参謀に許可を貰うのも変な話ではあるけれど、こと事務作業に於いては父様より権限があるとかないとか。
幼なじみだからその辺はボヤッと感覚でやっているっぽい。
「では行こうか」
「はい!」
父様が手を差し出してきたのでギュッと握る。
出掛けるのは二人だけ。
母様は『婦人の集い』と言う魔族婦人のお茶会という名の腹の探り合い、兄様とホムラくんは国内視察で不在。
ソラも訓練中な為、たった二人のお出掛けだ。
他の誰を連れて来ても余計に目立ちそうなので、これでよかったのかもしれない。
でも次は誰かと行きたいと思っている。
「そういえば父様、変装とかしなくていいんですか?」
「ああ、構わん。王都の者には、ほぼ顔を知られているからな」
「そうなのですか? ずっとお城に籠りきりなのに?」
「私とてたまには自らの足で視察へ行くぞ……?」
てっきり缶詰め状態なのかと思っていたら違ったらしい。
「それに王を襲名した際、披露目をしたからな。今さら隠しても意味はない」
「へぇー」
そんな雑談をしている内に王城の門へと辿り着く。
門番の二人が父様に気付いた途端、慌てて臣下の礼をとった。
「しばらく留守にする。何かあれば念話で知らせよ」
「「はっ!」」
念話というのは、簡単に言えばテレパシーみたいなものだ。
魔法で精神干渉をすることにより、離れた相手と頭の中で会話ができるという闇魔法である。範囲は行使者の魔力量に左右され、多ければそれだけ遠くまで届く。
魔族は闇属性と相性がいいので、攻撃系だけでなく色々な魔法が派生しているんだよ。
ちなみに私はまだ使えない。
「父様、徒歩で行くんですか?」
お城には馬がいないので、当然ながら馬車もない。
それなのにお城と城下を繋ぐのは地獄のように長い坂。
私の足では日が暮れるどころか、辿り着く前に体力が尽きそうだ。
何この子どもとお年寄りに優しくない設計……。
これじゃあ一人で外出とか以前に物理的に無理だよ。いきなり心が折れそうだよ。
「リリの足では厳しいな。ふむ……あやつを使おう」
父様は少し悩んだ後、誰かに呼び掛けるように呟く。
「……【来い。ルノア】」
言い終えた直後。
父様の足元に真っ黒な魔法陣が一瞬で展開される。
そこから黒い霧がブワッと立ち昇ったと思ったら、晴れた時には魔物図鑑で見たことのある姿がそこに存在した。
「ろ、ロストメル……」
ロストメルとは、馬に似た危険度Sランクの魔物だ。
闇に紛れるような漆黒の肢体、たてがみは目を隠すほど長く、額には一本の鋭い角。毛先にいくほど黒から青になる尻尾が炎のように妖しく揺らめいている。
即死効果を持つ嘶きや状態異常を引き起こす闇の吐息、転移魔法のように足が速く一撃必殺の蹴りがあったりと、魔法と物理攻撃のバランスが良いのが特徴。
まさか実物をお目に掛かれる日が来ようとは……!
父様はルノアと名付けたみたいだけど、それもまたよく似合っている。
「こやつに乗って行こう」
「え」
近所に行くだけなのに、スペースシャトル使う人いる?
 




