75話 ポーカーフェイスが崩れる時
天狼商品化計画を潰してから数日が経った。
目下の問題が解決したので、私はかつてより切望していた外出をしようと、父様を誘いに魔王執務室を訪ねることにした。
昔メルローが、私の初めての外出は父様が連れて行くと息巻いている、と言っていたからである。父様が連れ出してくれないと、一向に外に出られないのだ。
その為、我慢の限界を超えた私は仕事中の父様を突撃した。
待っているだけじゃ、一向にその日が訪れそうにないんだよ……!
「突然お邪魔してすみません。父様、ノイン参謀」
父様は執務机で書類の山に囲まれ、ノイン参謀も凄まじいスピードで何かを書類に書き込んだりして捌いていた。
「……ノイン、私は仕事のしすぎで幻覚を見ているのか?」
「魔王たる貴方に幻覚を見せられるなど、王妃様ぐらいしかいませんよ」
「ティエル……。なぜそのような仕打ちを」
「本物ですよ!」
目の前の寸劇を見ていたら母様が濡れ衣を着せられそうになり、慌てて止めた。
「あの、ノイン参謀」
「リリ。なぜ父様でなくノインのところへ行くのだ……」
参謀が座っている机に近付き声を掛ければ、父様が両手を広げた状態で泣きそうになっている。そのポーズはハグ待ちだ。父様、可愛すぎですか。
「父親が鬱陶しい年頃なのではないですか?」
「そんなものあるわけないであろう! あるなら私は死ぬ」
とても魔王とは思えない発言を真剣な顔でする父様。相変わらず子煩悩が突き抜けている。
「父様、私は父様が大好きです。これからもずっと」
「リリシア……!」
瞬間移動のような速さで父様に抱き上げられ、頬にむちゅーっと形の良い唇を押し当てられた。そのまま啄むようなキスへと移行する。
「と、父様」
「ほらみろノイン。相思相愛ではないか!」
「はいはい。よかったですね」
ドヤ顔で見下ろす父様を一蹴するノイン参謀。視線すら寄越さない。
この人も相変わらずだ……。
「父様、ノイン参謀にお話があるので降ろしてください」
「別にこのままでよいだろう?」
「全然よくないです! 参謀のつむじではなく目を見て話したいので」
「ノイン。面を上げよ」
「父様!? そうでなく、礼儀として自分の足で立ちたいのです!」
じたばたと暴れれば渋々降ろしてもらえた。若干いじけている父様はこの際、放置である。
「うるさくしてすみません……」
「いえ。悪いのは自己中心的に愛情を押し付ける、傍迷惑なそこの魔王です」
おこですか!?
未だにノイン参謀の御尊顔は机の上の書類にだけ向かっている。
……って、暗算で経理処理してる!?
チラリと見た書類には収支項目などがズラリ。参謀は数字の列を目で追うと、迷うことなくペンを走らせ続けている。
マジですか。
もしかしてさっきからずっと下を向いているのは、計算してる途中だから?
こ、声を掛けづらい……。でもごめなさい、言う!
「ノイン参謀、ちょっとだけお時間いいですか?」
「はい。何ですか?」
カタリとペンを置き、真っ直ぐに私を見るノイン参謀。
ヘーゼルの瞳がこんなにアッサリこっちを向くとは思わなくて、面食らってしまった。
「えーっと……。非常に言い出しにくいのですが」
「はい」
「一刻でいいので、父様にお暇を頂けないでしょうか」
「はい?」
「私、外に出たいんですけど、初めての外出は父様が連れて行ってくれるという話みたいで……。だから時間をもらえないかと。早く自由に外に出られるようになりたいんです」
これで伝わるかと不安になりながら返事を待っていれば、返ってきたのは大きな溜め息だった。
「……やっぱり駄目ですか」
「あ、いえ。すみません。今のは貴方に対してではないので」
「?」
疑問に思っているとノイン参謀は席を立ち、父様の前に来て射殺さんばかりの鋭い瞳で睨み付ける。
「ギルフィス。貴方、何をしているのですか」
「……いやそれは」
「仕事に忙殺されているとか言い訳はなしですよ。この能無し魔王が」
「なっ」
「溺愛するのは結構ですが限度を考えなさい。貴方がしているのは無垢な小鳥の羽根を毟り取る行為に等しい。どんな拷問よりも酷いものだ」
「ぅぐっ……」
「これは嫌われるのも本当に時間の問題だったようですね。自業自得と言うものです。身を持って知りなさい。この残虐王」
グッサグッサと言葉のナイフで容赦なく父様を切りつけ、抜け殻のようになるまで追い込んでしまった。オーバーキルだよ!
「の、ノイン参謀。その辺で……」
「可哀想に。よく今まで我慢していましたね」
軍服を引っ張り止めれば、白く細い綺麗な手で頭を撫でられる。
壊れ物に触れるように優しく、実に絶妙な力加減で。
おぉぉ……! 参謀殿がデレた! 貴重!
思わず私の表情筋も仕事を放棄し顔がふにゃる。これは緩まずにいられない!
「…………その顔は反則です」
反対側の手で自分の顔を覆い、プルプルと肩を震わせるノイン参謀。
笑いを必死に堪えているのか、ほんのり耳まで赤く染まっている。
え、そんなに酷いですか凹む。
 




