73話 ブラッドカード
今、何て言った?
権限を譲渡するって? 全倉庫の……つまり社の全財産の所有権をくれるってこと!?
「血を一滴ほど頂けましたら、この場で書き換え可能です」
「いやいやいや! そんなもの貰えませんって困ります!」
「? そういう話ではなかったので?」
「違うよ!? お願いってそういうことじゃないですから!」
遠回しにそう言ったと思われてる!? そんなあくどい幼児に見えるの私!?
というか、ラーディさんも潔いにも程があるよ……。
商品ゼロでどうやって商会を維持するの。
「……あの、お願いというのはですね、今後の商品化についてなんです」
「と言いますと?」
「もし天狼を商品化する計画が上がっているなら、中止にしてもらえませんか?」
「天狼……。確かセレディが熱心に企画書を持って来ていたな」
「そ、それです! セレディさんには申し訳ないですが、通さないでください」
圧力をかけて仕事を潰すなんて、最低だと分かっている。
でもごめん。
これだけは汚い手を使っても阻止したいのだ。
「理由を訊いても?」
「……私、天狼と一緒にいるんです。その子は群れで上手くいっていなかったみたいだけど、同じ種族が狩られるのは見過ごせなくて」
独りよがりの勝手な思いだと分かっていても、出来た溝がいつか埋まる日が来ることを、どうしても願ってしまう。
だから仲間を狩らないで欲しい。
その可能性をどうか摘まないで。
「分かりました。そのようなことでよいのなら」
「!? 本当ですか!?」
「はい。約束の証として誓文にしておきましょう」
ラーディさんは空間魔法で紙とペンを取り出し、サラサラと書き進める。
最後に血判を押すと私に差し出してきた。
悪魔商会の社章が透かしで入った、A四サイズの羊皮紙っぽい紙だ。
「ありがとうございます。感謝します」
悪魔は自ら交わした契約には忠実だ。それを矜持としているから。
ただし見合う対価があればの話。
今回は息子と自分の命が懸かっている。なので破られることはないだろう。
……これで少し肩の荷を降ろすことができるかな。
「ではこの『強欲の印章』は」
「ぜひお持ち帰りください!」
「本当によいので?」
「身の程に合わないので不要です。今後もラーディさんが維持管理してください」
手に余るってレベルじゃないよ。身を滅ぼすよ。
「そうですか……。では代わりといってはなんですが、リリシア様にこれを」
また空間魔法を使い、今度は一枚のカードを取り出す。
クレジットカードくらいの大きさの黒いカードだ。
でもこの世界に電子決済のシステムはなく、全て現金払いという使いすぎ丸分かり方式しかない。
「何のカードですか?」
受け取って見てみれば、表には悪魔商会の社名と社章、それからラーディさんの名前。全部赤い文字色なのが気になる。血みたいな色だ……。
裏返せば真ん中に私の名前がゴールドで彫られていた。
「リリシア様専用の会員カードです」
「え、悪魔じゃないのにいいんですか?」
「はい。そのカードに触れ魔力を通して頂ければ、行商の者が伺いに上がります」
そのシステムは知っている。
キリノムくんがやっているのを見たから。
でもカードのデザインが違う。
キリノムくんのは黒じゃなく濃い灰色で、ラーディさんの名前もなかった。文字色だって白だったはず。
「ありがとうございます」
「それで自由に買い物してください。代金は不要です」
「…………え?」
「私が元締めである限り代金は一切不要。そのようにカードへ血の契約が施してあります」
本 物 の 血 だ っ た。
妙な生々しさはそのせいか! 異物混入で返品させてよ!
「う、受け取れません」
「ではこいつを殺しますか? でなければ、あまりに割に合わない」
「親父!?」
黒髪イケメンが慌てふためく。なにその不等価交換。
「……分かりました。ありがたく頂戴します」
使わずお蔵入りにしてここは穏便に済ませよう。それがいい!
「受け取るだけで使わないのはなしですから」
「なぜバレた!?」
「やはりそういうお考えでしたか。利用履歴で分かりますので、あまり使われないようならこいつの首を送ります」
「めっちゃ使います! だからそんなもの送らないで。ほんとマジで」
「約束ですよ」
黒髪イケメンはもはや生きる屍と化していた。
こうして交渉は成立し、問題は解決した。
――けどそう上手くいかないことを、少しだけ後になって知ることになる。




