69話 普段おとなしい人がキレると恐い
ガキンッと鋭い音が静かな図書館に響き渡る。
音の発生源は私と黒髪イケメンの悪魔だ。
咄嗟に氷魔法で全身を覆う氷の盾を造った私、それに思いっきり爪を突き刺す黒髪イケメン。
これが音の正体。
び、ビックリした……!
昨日ミスティス先生にさせられた氷像地獄がめっちゃ役に立ったよ! ありがとう先生! 一生ついていきます!
「防いだ、だと……!?」
直後にバリンと砕ける黒髪イケメンの爪。
強度で勝った私の勝ちである。
というか、めちゃくちゃ痛そう……。ダラダラと指先から血が流れ出ている。うわぁ……。
「【治癒】」
見ているこっちが痛いので治癒魔法をかけ、ついでに血痕が付着してしまった床を浄化魔法で綺麗にする。ふぅ……。
あれ? 私、詠唱すごい省略できてなかった?
「……リリシア様に何するの?」
突然背後からセリちゃんの低い声がして、驚きのあまり思考も強制終了しビクッとなる。
恐る恐る振り返れば、そこにいたのは戦闘モードのセリちゃん。
頭部から垂直に伸びる二本の角。
瞳の色より明るい緑のラインが入った黒い角が、柔らかそうな髪から上に向かって突き出している。
黒髪イケメンと同様に爪と犬歯が伸び、白眼も黒く染まっていた。
禍々しさはあるけれど、その姿になってもセリちゃんは綺麗だった。
「……【縛】」
セリちゃんがポツリと呟くのとほぼ同時。黒い靄が素早く三人の周囲を覆い、そのまま身体に纏わりつくように拘束する。
「「「ッ……!」」」
三人は抜け出そうともがくけど、脱出することは叶わない。
抵抗すればするほどギリギリと締め上げていくように見えた。
「……リリシア様に攻撃するなんて死にたいんだよね? ならセリが殺してあげる」
慈愛に満ちた笑顔でセリちゃんが三人に迫る。
でも目の奥は全然笑っていなくて、狂気が滲んでいた。
あと語尾まで変わってるよ!? いつもみたいなのんびり感はいずこへ!?
「せ、セリちゃん、ダメだよ! 落ち着いて!」
「……ううん、リリシア様。悪いことをしたら罰を与えなきゃ」
「テメェ、何する気だ!」
黒髪イケメンがセリちゃんに向かって恫喝する。
数分前に口説いていた余裕の表情は完全に消え失せ、随分と焦っているようだ。
「……どうされたい? ご自慢の顔でも溶かしちゃおうか。そうしたら二度とセリに近寄らないよね……?」
「なッ!?」
「「ヒィッ……!」」
顔色が悪くなる男三人。私もきっと真っ青です。晴れ渡った今日の空ぐらい。
「本当にストップ、セリちゃん!!」
「……ああ、そうだ。リリシア様が持って来てくれた本を使うのもありだよね」
「えっ。私、何持って来てた……?」
介入する口実を作る為に適当に持ってきた本をカウンターから拾い上げ、セリちゃんは見せてくれる。
そのタイトル。
『これで貴方も拷問マスター! 嫌いなアイツを責め倒そう☆ 実践編』
なんだこれ。
「発禁級の本がなぜここに!?」
「……オススメは三十九ページだよ。まず精神操作で痛覚を倍にして、●●●を●●●してそれから――」
「うわぁぁぁぁ! こんなの置いちゃダメだよ!」
モザイク処理必至の内容が可憐な口から語られ、素早くセリちゃんの手から本を回収する。今すぐ燃やしたい!
「……リリシア様、そんなことしてもセリなら複製できるよ?」
「そうだった! セリちゃん、ここは私に免じて見逃してください! お願いします! どうかこの通り!」
勢いを付けて直角にお辞儀する。
そんなものを見せられたら、こっちだって堪らないよ! 罰が重過ぎる!
「……うぅ。リリシア様ズルい」
必死さが伝わったのか、セリちゃんは揺らぎ始めた。よし、もう一押しだ。
「この人たちは放っておいて私とケーキでも食べに行かない? すごーくセリちゃんと行きたいなー」
怯んだところを畳み掛ける。
なんなら小首を傾げて、あざとく幼児のおねだりっぽさも演出する。
グロ映像に比べたら遥かに精神的ダメージがマシだよ!
「……うん、分かった」
シュルンと黒い靄を消し、セリちゃん自身も通常の姿に戻る。
その隙を見逃さず「逃げて」と目で三人にサインを送れば迅速に従ってくれ、なんとかこの場の危機は去った。
やれやれ、リドくんマジでどこですか……。




