67話 色々と理解に苦しむ
昨日の一悶着から明けて早朝、ソラは訓練に出掛けた。
いつにも増して元気一杯で、朝から尻尾をフリフリご機嫌だった。腹を割って話せたのがよかったんだろうか。
つい最近までずっと狼の姿のままだったから、自由に会話できなかったしね。
そういえば、兄様は人型ソラの姿を見て驚いたりはしていなかった。
母様経由で人型になれることを聞いていたとしても、無反応すぎやしないかな。
……もしや興味なしですか。
「ま、まあちょっとずつ仲良くなってくれたらいいな!」
希望を込めて独りごちれば、すれ違ったメイドさんにキョトンとされてしまった。
ごめん、気にしないで……。
私は今、調理場に向かっている途中なのである。
キリノムくんに訊きたいことがあるからだ。
二日続けて魔力を酷使したので家庭教師は本日お休み。
身体をちゃんと休めることも大事らしい。最初から飛ばし過ぎるのはよくない、とミスティス先生が言っていた。
その割にはスパルタじゃないかという言葉は飲み込んでおいた。私は空気の読める大人です。
そうこうしている内に目的地へ到着。
「キリノムくんいる?」
一応、食堂の朝食ラッシュが終わる頃合いを見計らって来たつもりだけれど、顔を覗かせれば調理場の皆さんは遅めの朝食中だった。
調理台に料理皿を並べたビュッフェスタイルで、お疲れ気味にナイフとフォークを動かしている。
……なんだか妙にデザートが多いのが気になる。
「あれ? リリシア様、どうしたんですか?」
キリノムくんも例に漏れず食事中。ナプキンで口を拭き立ち上がろうとしたので、慌てて制した。
「ごめんね、食事中だと思わなくて」
やっぱり私ポンコツだよ。スタッフの食事時間を全く考えていなかった……。
「いいえ。いつでも来てください」
「……うん、ありがとう。あ、気にせず食べてね」
「ありがとうございます。では遠慮なく」
優雅にナイフとフォークを使い、キリノムくんは食べ進める。
ホールケーキを。
「いやおかしくない!?」
「何がですか?」
「メインは!? デザートの分量が多過ぎるよ!」
「いいえ、これがメインです」
「料理人とは思えない発言! チョコレートケーキは主食に入らないよ……?」
栄養バランスを爆破したような狂気のメニューだ。
「悪魔はスイーツ好きが多いんですよ。僕以外も好んで食べてるでしょう?」
確かにデザートが多いなとは思ったけど。
男の人ばかりの割にということではなく、単純にパッと見た印象で。
そういうことなんですか……。
「体調崩さない程度に食べてね?」
「ふふっ。人間じゃないんだから平気ですよ」
地球上のスイーツ愛好家とダイエット女子たちに殺されそうだ。
「健康に問題ないならいいか……。実はキリノムくんに訊きたいことがあって来たんだけど」
「? 何でしょう?」
「最近、悪魔商会の行商のおねえさん――セレディさんに会った?」
私がキリノムくんの元を訪ねたのは、悪魔商会の動向を探りたかったからだ。
気になっているのは、天狼商品化計画の進捗具合。
このお城で一番繋がりがあるのはキリノムくん。情報を得るならこの人だろうと当たりをつけたのである。
私の質問にキリノムくんは真顔で手を止め、静かにカトラリーを置いた。
え、何そのリアクション。まさかもう天狼狩りが始まってるの……?
「浮気を疑われているなんて心外です! 僕の心はリリシア様にしか捧げません!」
「うん、今そういうのいいから真面目に答えて」
「大真面目ですよ!?」
「いや本当ガチでお願いします」
「酷いっ……! どうしたら信じてくれるんですか……」
うるうると涙目で訴えてくるキリノムくん。
なんだかキリノムくんが昨日の私のようになってしまった。
……これは本気なのだろうか。
実際、説得される立場になってみると難しいものなんだと感じる。ごめんよ、ユイルドさん。結構困らせたよね。
無言になった私にキリノムくんはグスッと鼻を啜り、ポケットから小さな小瓶を取り出した。
墨汁みたいな色をした、怪しさ満載な液体入りだ。
「分かりました。ではこうしましょう。ここに拷問用の薬があります」
ど こ か で 聞 い た セ リ フ。
「嘘を吐けば体中からあらゆる体液が噴き出す劇薬です。これを服用しますから見届け――」
「ストーーップ!! もういいです! 疑ってすみませんでした!!」
メルローの時と別の薬だけど充分エグい!
というか、なんで皆ポケットにそんな物騒なもん仕込んでるの!?
どんだけ拷問好きなの!? 誰が薬作ってるの!? いつ使ってるの!?
ツッコミが止まらないよ!
「信じてくれるんですか……?」
「はい。信じるのでそれ、没収します」
処分方法に困る。




