66話 譲れない気持ち
「兄様!?」
「どうした、リリ?」
「な、なぜそう毎回ピンチの時に現れるのですか」
もはや盗聴器を疑うレベルだよ。この世界にはないけど。
毎回抱っこされるのも解せない。もう八歳ですよ……?
「リリを助けるのが俺の使命だからな」
ぅぐっ。蕩ける笑顔で誤魔化すとは卑怯だ。
「と言いたいところだが、今回は下の階に居たら声が聞こえたのだ。いつもは魔力の乱れを感知して駆けつけている」
「魔力の乱れ、ですか?」
「そうだ。感情が大きく揺さぶられれば、魔力も揺らぐからな」
「そ、そうだったんですか。ありがとうございます」
魔力探知って色々筒抜けなんだね……。
「しかし俺も毎回来られるわけじゃない。危ないことはするなよ?」
「……善処します」
曖昧に誤魔化したら、ぷにっと頬を突かれた。デコピンじゃないとはさすがシスコン兄様。鬼ヤンキーとは違う。
「ディーか。久しぶりだな」
会話が一区切りしたところで、ほんの一瞬だけ視線を寄越したユイルドさんが兄様に話し掛ける。
「相変わらずだな、ユイルド」
「そりゃテメェだろーが。昔よりえげつねぇ魔力しやがって」
どうやら二人は顔見知りらしい。
ってことは、ユイルドさんはいつから放蕩してるんだろう?
「じゃなくて! 知り合いなら兄様も説得してください。ソラが得体の知れない魔物認定されているんです!」
「……別に良いのではないか?」
「全くよくないですよ!? 平気だって言ってるのに信じてくれないんです。ソラ、こんなに可愛いのに……」
「おい、見た目で判断すんな」
「見た目もですが仕草もいちいち可愛いんです! 天使なんです! いいからその格好良い角を引っ込めてくださいよ!」
未だ戦闘モードのユイルドさんに猛抗議する。
近くにいる兄様にはうるさかったかもしれないけど、必死なのだ。
「……お前、変わった妹ができたんだな」
「俺も角を生やすか」
「そういやお前も変わってたわ……」
生温かい目で私と兄様を見るユイルドさん。そっちだって充分変わり者だよ!
「兄様。私はそのままの兄様が好きです。なので説得を!」
「そうか、ではこのままでいよう。ユイルド、そこの天狼は殺したいほど気に食わないが、危険性に措いては殺すほどではない」
物言いが引っ掛かるが我慢だ、私。
「言い切れる根拠は?」
「まずそいつを連れてきたのが父上であること。正真正銘の天狼だと断言できる。それに、リリに危険なものを父上と母上が傍に置いておくはずがない」
「じゃあこの姿はどう説明する? 逸脱してんだぞ」
「その点については推察でしかないが、おそらく成長過程で魔人の血を摂取したことで何らかの身体的変化が生じたと考えられる。それしか思い当たる節がない」
ユイルドさんの質問に、兄様は詰まることなくスラスラと説明をしてみせる。
……そ、そういうことなんですか?
じゃあソラが最初から流暢に話せたのも、その変化とやらの影響?
「は? 魔人の血を摂取しただと?」
「そうだ。そいつは五年前、リリシアに噛みついている。牙が埋まるほど深くな」
兄様とユイルドさんの責めるような視線に、ソラは苦悶の表情になってしまった。
「その話はもういいですよ!」
「よくない。俺は一生蒸し返すぞ」
ミスティス先生、忘却の薬とか作れませんか。
「血も大量に出ていたからな。飲むつもりはなくても、その時体内に入ったはずだ」
「へー……」
睥睨するようにソラを見るユイルドさん。無遠慮に上から下まで睨み倒している。
「寄ってたかってソラを苛めないでください!」
「リリ、暴れるな。危ないだろう」
「いいから降ろして!」
安定感抜群の兄様の腕から脱出しようともがく。
兄様が降ろしてくれると同時にダッシュでソラに抱きついた。
「誰が何と言おうとソラは大事な友達です! 文句があるなら私に言ってください! 受けて立ちます!」
「リリ……」
ソラが切ない声で私を呼ぶので、思わず手に力を込めた。
私はずっと味方でいるからね。
「お前、正気か? 自分に牙剥いてきたヤツだろうが」
「正気じゃないほど溺愛していますが何か?」
そんな怖い顔したって譲らない。絶対に。
「リリ。もういい、ありがとう」
鬼ヤンキーと睨み合っていると、ソラがそっと私の腕を外す。
それから私の前に立ち、兄様とユイルドさんに正面から対峙した。
「確かにオレは少し変わってるが、正真正銘の天狼だ。リリを傷付けることだってもう二度としない。誓う。傷付けた分、今度は守りたいんだ。命を賭けて」
ぎゅっと拳を握りしめるソラ。まるで決意の固さを表してるみたいに、強く握られている。
「……口でなら何とでも言えんぞ」
「そうだ。第一リリの方が強い」
ちょっとーー!? ちゃんと聞こうよ最後まで!
十歳の男の子に対して大人げなさすぎるよ!
だけど愕然とする私と違い、ソラはめげずに言葉を紡いだ。
「だからオレは強くなりたい。行動で証明したい。ユイルド、さんお願いします。俺を強くしてください」
深々と頭を下げるソラ。真っ直ぐな想いが伝わる、とても綺麗なお辞儀だ。
ユイルドさんと兄様は無言でそれを見つめる。
さすがにチャチャを入れたりはしない。
それほどソラは真剣なのだ。
数秒の沈黙の後、最初に口を開いたのはユイルドさんだった。
「…………チッ。不審だと感じたらすぐブッ殺すぞ」
「ッ! じゃあ!」
「明日はもっと死ぬ気で鍛えるからな」
「はい!!」
ピンッと耳と尻尾を立てて答えるソラ。
ソラの信念は鬼の心をも動かしたようだ。
よかったねソラ……。
兄様の心も動くように後ろから念を送っておいた。
この状況で表情が何一つ変わっていないとは手厳しすぎるよ。




