65話 天狼の人型化
ソラが人に近すぎる……?
「そ、ソラ。そうなの?」
魔物図鑑にもリドくんがくれた本にも、人型の絵までは載っていなかった。
ただ言葉で説明されていただけ。
だから変だと思ったことは一度もない。こういうものだと思っていた。
「……将軍の息子が言っていることは半分正しい」
問われたソラは私から顔を逸らし、呟くように答える。
「半分だと?」
「そう。天狼族は王になる器である個体ほど、より人に近く変化できる。だけどそれでもどこかは獣の形態が完璧に残る。首から下が完全な人だと頭は狼そのもの、顔がオレみたいなら体型は人でも手足が狼そのもの。自分の種族に誇りを持っているからだと言われている」
ふむふむ。つまり極限まで人に近付けたとしても、頭部だけモフい人か、手足だけがモフい人になるってことだよね。
あれ?
「それだと確かにソラはどっちでもない……」
ソラに残っている狼の部分は耳と尻尾だけ。
ごく一部でしかなく、顔も手足も人そのものだ。
「……つまりお前は何だ」
ユイルドさんがさりげなく私を庇うような立ち位置をとる。
意外に紳士なところが将軍に似ているとか感心している場合じゃなかった。
「ソラはソラです。だから何も問題ないですよ」
例え他の天狼と違っても、ソラが好きなことに変わりはないのだ。
いいじゃない。個性の範囲だよ。
「リリ……」
ユイルドさんの逞しい背中から顔を出すと、ソラが泣きそうな顔で私を見る。
近付こうと一歩踏み出せば身体ごとグイッと後ろに引っ張られ、連れ戻されてしまった。
「馬鹿かテメェ! 得体の知れねぇ魔物に気を許し過ぎだ! 死にてぇのか!」
いつの間にか戦闘モードになり角を出したユイルドさんに再度庇われる。
今朝見た時とは段違いの殺気で、まさに鬼の形相だ。
「だ、大丈夫ですって!」
「おい、王はこのこと知ってんのか」
ソラを睨み付けるようにしたユイルドさんが、背中越しに訊いてくる。
「父様? この姿のソラをまだ見てまんせけど、多分、母様が話してると思います。母様は実際に会ってるので」
「王妃か。見逃してるってことはマジで害がねぇのか? それもとワザと泳がしてんのか……? だとしたら、オレを教官に据えたのは監視の為って線もあり得るな」
「いやいや! 害とかないですって! それにソラはちゃんと公認されてます!」
ユイルドさんはソラがここにいた五年間を知らない。
だから疑うのかもしれないけど、ちょっと警戒しすぎだよ!
どうやったら納得するのかユイルドさんの軍服を引っ張りながら考えていたら、突然浮遊感が襲った。
「案ずるな。母上なら泳がしもしない。リリの害になった時点で殺す」
聞き慣れたイケメンボイスとともに。
「リリ。そんなやつの服ではなく兄様に掴まれ」
安定のシスコン兄様の登場だった。




