61話 実は角も好きです
バルレイ将軍が訓練を開始すると言うので、私たちは鍛錬場を出た。
無言でスタスタ歩いて行くヤンキーの後を必死で追う。
ちょ待っ! コンパスを考えてくれ……!
「ゆ、ユイルドさん!」
「あ?」
「どこまで……行くん、ですか?」
ぜーぜー言いながらなんとか質問する。く、苦しい……。
「城の庭に森みてぇなエリアがあんだろ。そこに行く。まずそこで基礎体力をつける訓練から始める」
「基礎体力、ですか」
「俺がやんのは近接戦闘訓練のみ。天狼は魔法も使えるが、強靭な肉体があってこそ活かされんだよ。だからそっちは後だ。誰が鍛えんのかは知らねぇがな」
「! 天狼に会ったことあるんですか?」
「まあな」
それって放蕩していた時だろうか。
軍に入らず外の世界にいた理由も訊いてみたいけど、初対面相手に話してくれないよね……。デリケートな問題だったらアレだし。
「一つ訊いていいか」
そんなことを考えていたら、向こうから質問がやってきた。
「? はい、どうぞ」
「そこの天狼、お前にとって何なんだ」
労わるように私の傍をぴったりと歩くソラを、ユイルドさんが睨み付ける。
対するソラの瞳も剣呑なもの。め、メンチの切り合い!
今から訓練なのに大丈夫かな……。
「私の大事な友達です」
ソラの背を撫でながら答えれば、空気を和らげ気持ち良さそうに目を細める。
ちょっと落ち着いてくれたかなと思ったのに、ユイルドさんの次の一言でまたソラの瞳が鋭くなった。
「へぇ。大事なお友達を兵器にする為に鍛えんのか」
「違います! 鍛えてもらいたいのはソラの意志です。ソラは私が守れるよう、私は私で鍛錬を積みます!」
兵器だなんてとんでもない! ソラにはのんびり自由に過ごしてもらいたいと思っているのだ。それ以外は望まない。
そう付け加えれば、ジロジロと私を無遠慮に見下ろしてくるヤンキー。
「……ふーん」
な、何ですか。また腹の探り合いですか。もう勘弁してください。
「あの、何か?」
「なんでもねーよ。お前はもう行っていいぞ。鍛えんのは天狼だけだろ」
「……はい、分かりました。ソラをお願いします」
もう一度頭を下げる。
「死んでも文句言うなよ」
「言うよ! 大クレームだよ!!」
「王妃に蘇生を頼めばいいだろうが。俺は殺す気でいくぞ」
突然殺気を漲らせ、鬼の姿へと変貌するユイルドさん。
この人もバルレイ将軍と同じ角の生え方をする鬼人だった。
鋭く黒い角が二本、赤褐色の頭から天に向かって伸びている。
「そんな格好良い姿で言ってもダメです! ソラは殺さず鍛えてください!!」
「いや少しはビビれよ。お前マジで調子狂うな……」
昨日見た幻覚のミスティス先生に比べれば、本気じゃないように思えた。
それにユイルドさんは試すような発言をしてくるものの、嫌な悪意は感じない。
だから怖いとは思わない。
幻覚が怖過ぎたっていうのも多分ある。トラウマもんだったよ。
「殺さずお願いしますね!」
「……分かったから早く行け」
念を押せば鬼ヤンキーはうんざり顔でシッシと追い払う仕草をする。マジで頼むよ!
「ソラ。一緒にいられないけど頑張ってね」
「グル……」
首元に抱きついてモフモフの毛に埋もれれば、頭をすり寄せて返してくれるソラ。名残惜しい。
「ユイルドさん、引き受けてくれてありがとうございます。感謝します」
去る前に真面目にお礼を言うと、返ってきたのは舌打ちだった。
でも、そんな戸惑った顔でやっても萌えるだけだよ。




