60話 子どもか大人か
「む、息子!?」
いや似てる気がするとは思ったけど、まさかの御子息!?
「ああ。各地を放蕩してやがった愚息だ。今朝とっ捕まえたばかりだ」
どうりで見たことないはず……。
「しょ、将軍。ちょっと降ろしてください」
抱っこ状態で挨拶するのは失礼だろう。
安定感抜群の逞しい腕からするりと降りる。
床に立って見上げる状態になると、ヤンキーは威圧感満載だ。そこまでゴツくもないのに、オラついた雰囲気がそう思わせるのだろうか。
「初めまして。リリシアです」
「アンタが姫さんか。ガキじゃねぇか」
身長差のまま見下ろし、ヤンキーがちょっとケンカ腰に言ってくる。
おっと、そう来ますか。
「まあ見ての通りです」
ここで挑発に乗ったり泣いたりするお子様ではない。ごめんよ。ただの小児じゃないんだ。
案の定、妙なものを見る眼で見てくる。
「グルルルル……!」
互いに視線を逸らさずにいると、ボディーガードであるソラが私を背に庇うようにして呻り始めた。や、やばい。
そんな一触即発な状況を打破したのは、バルレイ将軍の渋い声だ。
「……リリシアすまねぇ。後で殺しとく」
「ダメですよ!?」
ここの人たちすぐ殺すって言うよね……。
「突然、連れ戻されて不愉快なんじゃないかと。むしろこっちがごめんなさい」
多分というか、絶対このヤンキーはソラの教官をする為に強制連行されたのだ。
だとしたら業腹なのも仕方ない。
逆に今ここにいてくれて、ありがたいくらいだ。
「だとよ。成人してるお前なんかより、リリシアの方がよっぽど大人じゃねぇか」
「……」
この人、成人してんだね。じゃあ兄様より年上か。
兄様は成人まであと四十年近くある。前世で言うと今は大学生みたいなもんです。
「サイファードさん」
「やめろ。家名で呼ぶな」
呼び掛ければ眉間にシワを寄せたまま食い気味に否定された。
凄く嫌そうだ。二世と思われるのが嫌な人なのかな。
「ではユイルドさん。私にはソラを――この天狼を鍛えてくれる人が必要です。ですがどうしても嫌ならお願いはできません。ハッキリ断わってください」
その時は別の人にしてもらおうと思っている。
「はあ……? オレじゃ不合格ってことかよ」
「違います! 鍛えるという特質上、嫌々してもらうとソラが危険な気がするからです。座学とはわけが違う。一歩間違えばきっと事故に繋がりますよね?」
偉そうに聞こえるかもしれないが、ソラの身の安全が掛かっているのだ。
だからこれは譲れない条件。
ソラの為ならどう思われようと構わない。
「…………ならオレはどうでもいのか? 魔王の命に逆らったら無事じゃ済まなくなんだろうが。どうすんだ」
「手出し無用と父様に掛け合います」
「信用できるわけねぇだろ」
「そこは無理を承知ですが、信じてもらうしかありません。ユイルドさんの信用に足るほど私は何もしていませんから。でも身を挺すことは約束します」
「…………。」
ユイルドさんはヤンキーな見た目に反し、意外と心理戦で攻めてくる。
普通の八歳児なら耐えられない仕打ちだよこれ……。
「捻くれた息子ですまんな。リリシア」
次に何を言って来るか構えていたら、バルレイ将軍が大きな手でガシガシと私の頭を撫でてきた。
どことなく『お父さん』の顔で。
「いえ。突然殴り掛かってくる激情型より全然いいです」
「そこの親父はオレに会うなりブン殴ってきたぞ」
「将軍!?」
ボディランゲージ(破壊)はダメでしょ!
「ち、ちゃんと避けられるように手加減しただろうが! いいからグダグダ言ってねぇで、さっさと腹括れ!」
ジト目の私から逃げるようにバルレイ将軍が場を離れ、妙な空気で取り残される。
「えーっと……」
何を言うべきなのかサッパリ分からない。大変でしたね? 余計怒らせそうだ。
「……お前はオレにどうして欲しいんだ」
不意にユイルドさんが私の本心を訊いてくる。
そんなの決まってる。
「ぜひお願いしたいです」
引き受けてくれるなら、これ以上ないくらいの人材だと思う。
バルレイ将軍の血縁者ということは、きっと並みの魔族より強い。
それに母様が選んで父様が認めた人材。間違いないはずなのだ。
直角にお辞儀をすれば舌打ちが返ってきた。
「チッ。……仕方ねぇな。やりゃあいいんだろ」
「本当ですか!?」
めちゃくちゃ食い気味にバッと顔を上げたら、呆れられてしまった。
「ったく、何なんだよコイツは……」
前世持ちのアラサーですが何か?




