58話 ソラの決断
「え……」
ソラがここを離れる?
「なんで……?」
「実は昨日から考えていたことだ。でも今日で決心が着いた。一度群れに戻って基本の稽古をつけてもらおうと思う。そこから先は自分の足で――」
「待って! ソラ居場所がないって言ってたよね? そんなとこに帰るの?」
「そんなこと言ってられない。土下座でも何でもして頼むつもりだ」
決意は相当固いのか、ソラの瞳は一切揺るがない。本気だ。
「ソラ……」
「あらあら。それより良い方法があるんじゃない?」
突然母様の声がして、ソラと一緒にビクッとなる。
「か、母様!?」
「ノックはしたのよ? でも聞こえていなかったみたいね」
いつからそこにいたのか、部屋の扉の前で頬に手を当て悩ましげなポーズを取っていた母様がいた。
ふぅと色っぽい溜め息を吐くとこちらへやって来る。
「ごめんなさいね。立ち聞くつもりはなかったけれど、聞いてしまったわ」
「いえ……」
「リリ、身体は大丈夫? ミスティスが無茶をさせたでしょう」
母様は顔色を確かめるように、私の頬をそっと撫でる。
「えーっと……。でも昔みたいに身体に痛みはきませんでした」
「そう。よかったわ。肉体が魔力の器として育っている証拠ね」
なるほど。同じ魔力の暴走でも、理性が戻れば治まって身体も無事だったのは、そういうことなんだ。
ん? っていうか、何か重大なことを忘れていない?
「あらあら。随分と可愛らしい男の子になっちゃったわね」
ソラを見てうふふと笑う母様。
ああーーーーッ!! ソラ人型のままじゃん!!
「あの、母様」
「気付いていないと思ってた? コッソリお洋服なんか買ったりしているのも知っているわよ?」
「な、なぜそれを」
「キリノムに行商を頼んだのが間違いね」
あの桃色頭の悪魔め!! やっぱ勘付いてたんじゃん!
城勤めの人たちの報・連・相が完璧すぎるよ! 優秀か!
「……王妃、様。結界の外に出る許可をください」
脳内裁判でキリノムくんの有罪が確定したところで、ソラが母様に伺いを立てた。
「一つ訊かせてくれるかしら。なぜここでは駄目なの?」
「オレは拾ってもらい救われた身。そこまで頼めません」
母様の目を見てハッキリとソラは言い切る。
「うふふ。分をわきまえているところは合格ね」
「母様! そんな言い方しないでください。ソラは私の大事な友達です!」
「リリ……」
え、ソラってばなんでちょっと複雑そうな顔するの? 友達じゃないの?
「あらあら。まだスタートラインにも立てていないようね」
黒い笑顔でソラをチラリと見遣る母様。
ソラは苦虫を潰したような顔をしている。なんだ。何の会話ですか。
「こんな面白いものを見逃すわけにはいかないわ。故郷に帰るのは諦めなさい」
「そんな……!」
「その代わり、ここで鍛錬を積める環境を整えてあげるわ」
「母様?」
「リリもその方がいいでしょう?」
それは聞くまでもない。
……でもそれで本当にいいのかな。
さっきは咄嗟に止めたけど、よく考えてみれば押し付けじゃないだろうか。
ソラの意志はどこにある?
行動を強いるなら、それは従属だ。
友達だなんて言えない――。
「…………ソラを縛る権利は、私にはありません」
本音を言っていいのなら、心の底から嫌だ。
でもソラの意志を尊重しなくちゃ、対等にはならない。
私はソラと友達でいたい。
「リリ。そんな悲しそうな顔で言ったって説得力ないわよ?」
母様が慈しむように優しく頭を撫でてくる。どうやらお見通しらしい。
「貴方もよく考えてご覧なさい。リリシアにこんな顔をさせて出て行ったところで、受け入れてもらえる確証があるのかしら。拒絶されたらどうするつもり?」
「それは……」
「そもそも元居た場所までどうやって行くの? 辿り着けるの? 今の貴方では無理でしょう。途中でより強い魔物に襲われて、のたれ死ぬのが関の山よ。それならここに残りなさいな」
反論できないソラに対し母様はさらに言葉を続ける。
「ここには魔族の頂点たる魔王、魔人、鬼人、悪魔、エルフまでいるわ。強くなるには打って付けの環境じゃないかしら?」
「そう、ですが……」
「それとも何? 貴方を殺そうとした私たちに教わるのはプライドが許さない?」
「そんなことはない!」
「なら決まりね」
母様のダメ押しの一言に、ソラはぐっと息を詰まらせる。
そこまで言われたら覆すのは難しいのだろう。
「…………お願いします」
ついにソラは折れ、母様に頭を下げた。
「ソラ、いいの?」
「より強くなれるなら、俺はそうしたい」
迷うことなくソラは頷く。
嫌々そうした、という感じでもなさそうだった。
「実は正直言うとね、私もその方が嬉しいんだ。ソラと離れたくないよ」
「リリ……」
真面目な顔をしているけど、ソラの尻尾は千切れんばかりにブンブン揺れている。
可愛すぎる……!
「母様。ソラのことお願いします」
「はい分かりました。しっかり鍛えられるよう、スケジュールを組みましょう」
「王妃様、ありがとうございます」
ソラと二人で頭を下げる。
「死ぬ気で頑張りなさい」
顔を上げた私たちに、母様は女神のような穏やかな顔で励ました。
「死んだら蘇生してあげるから」
違った。死神の笑顔だこれ!
ソラもビクッとなって天狼の姿に戻ってしまった。
 




