57話 不毛の地で芽生えたもの
炎は威力を落とすことなく最高火力のまま燃え続ける。
……いやいやいや。
化学兵器より遥かに強くないかこれ!?
こんなの人間が倒すの無理だって! そりゃ丸投げもするよ!
かつて父様に依頼してきた隣国――ツバク共和国のお偉いさん方に心の底から同情した。
「おい駄竜。張り切っていた割に何だこの体たらくは。ふざけているのか?」
『ぐぬぬぬ……! だってリリちゃんが視界に入っちゃったんすもん! 当たんないと分かってても、めっちゃ加減しちゃったんすよ!』
「なら許す」
「こ、これで加減してるの!?」
『二割ってとこっすかね』
嘘でしょ。
「おかげで死なずに済んだわ……。類は友を呼ぶのね。この子も規格外よ……」
「こんなのでも一応、亜種だからな」
『こんなの!? 亜種は魔力の質・量ともに通常種の倍はある希少な存在っすよ!? もっと敬ってくれてもいいんだよ!?』
ダシダシと地団駄を踏むホムラくん。
その足元にすでに氷はなく、砂地の状態に戻っている。
「おお! 溶けてる! ありがとうホムラくん!」
『リリちゃんはやっぱ天使……!』
無邪気に喜ぶホムラくんは、とてもこの惨状を引き起こした本人とは思えない。
ご機嫌で鼻歌を口ずさむドラゴンとか本当、希少な存在だよ。うん。
「そろそろいいか」
独り言のように呟いた兄様は、結界を張った時と同じ様に指を鳴らす。
途端に半透明の膜はフッと姿を消した。
この世界の結界は、中で起こった出来事は元に戻らない。
ただ外に影響を漏らさず外からの影響も受けない、というもの。
だから氷山地帯に戻ることはなく、ホムラくんが溶かしてくれたままだ。
ミスティス先生が結界を張った範囲は、兄様に頼むと一瞬で蒸発した。す、凄い。
「あら。なんか砂の感触変わってない? 一度凍った影響かしら」
心なしジャリジャリからシャリシャリに変わった気がする、と先生が言う。
どんだけ不毛の地になるんだここ……。
「ミスティス先生の力で草原に戻せたりしないんですか?」
エルフなら緑化運動もできるのでは? と思って訊いてみたら、先生はげんなりした顔で首を振る。
「無理よ、こんな死んだ土地。どれだけ魔力と知識があってもヤル気も出ないわ」
さいですか。
ミスティス先生の授業は魔力量を見ただけでお開きになり、兄様も元いた場所へと戻って行った。
国内をパトロールしていた途中だったらしい。もう一回謝っておいた。
「ふぅー……。なんか疲れたな……」
自室に戻りベットに倒れ込む。
大したことはしていないけど、精神的ショックが疲労を感じさせる。
ソラのモザイク必須映像が効いた。
「グル……」
「ソラ、どうしたの? なんかずっと元気ないね」
ベッドの下でおすわりしていたソラを撫でる。
ミスティス先生の授業の途中から妙に大人しいのが気になっていたのだ。
「どこか痛いの?」
ソラはフルフルと横に首を振る。
じゃあどうしたのかと訊こうとしたら、トボトボと洗面室に向かって行く。
「?」
不思議に思い扉を見つめていれば、しばらく経って出て来たのは少年バージョンのソラ。
今日も悪魔商会で買った服を着ている。昨日とは別の服だ。
白いシャツに青いリボンタイ、サスペンダーを垂らした七分丈の黒ズボンという格好。めちゃくちゃ可愛い! 早く靴も買わねば。
「リリ」
「うん?」
頭の中でソラの姿を連写していると手をキュッと握られる。
すごく遠慮がちに、指先だけを掴むように。
「ソラ?」
「オレ強くなるから。アイツみたいにリリを守れるように」
突然の決意表明に私は理解が追い付かず、疑問でいっぱいになる。
急にどうしたんだろう?
ホムラくんの火魔法を見て、強さを求める少年心が疼いたんだろうか?
「アイツって?」
「……リリの兄貴」
口にした後、綺麗な眉をひそめるソラ。
ライバル意識を燃やした相手は大規模火魔法を使ったホムラくんではなく、兄様らしい。あれ?
「オレはただ立ってるだけしかできなかった。それが凄く悔しい」
掴まれた手に少しだけ力がこもり、俯きがちにそう告げられる。
こんなに落ち込んだ様子は見たことがない。
……ソラも子どもだから仕方ないよ、って言うのはきっと駄目だ。
余計に傷付けそうな気がする。
「じゃあ一緒に強くなろうよ」
「それじゃダメだ」
ならばこれから頑張ろうと励ます言葉は、思いがけず一蹴されてしまう。
「何が駄目なの……?」
「……リリは魔人だ。基礎値が他種族とはかけ離れている。今日見た魔力のオーラで実感した。まだ小さいのにあの凄さだ。これから先もどんどん突き離される。同じ努力じゃ守るなんて笑い話にもならない」
ひどく傷付いた顔で私を見るソラ。
嫌だよ。そんな顔しないで。
「だからオレは死に物狂いで修行する。一度ここを離れさせてくれ」




