56話 ホムラくんの実力
ソラをモフりながら傍観していると、バッサバッサと大きな翼四枚をはためかせてホムラくんが飛んできた。
『兄さん急にどっか行かないでくださいよ~。オレ転移できないんすからぁ』
どうやら兄様はお城の外にいたらしい。
なんか凄い向こうからホムラくんがやって来た。
「お前、そんなに翼があるのに遅すぎるぞ。飾りか?」
『いや転移魔法と比べられても……って、うおわっ! なんすかこれ!? 寒期でもこんなに凍んないよ!?』
ズダンッと地響きをさせ、比較的平らなところに着地するホムラくん。
ひ、ヒビ一つ入らんとはマジか……。
「ね? 自然には難しいでしょう?」
「そうですねどうしよう」
『おっ。リリちゃん、ちーっす!』
ホムラくんは私と目が合うなり、いつものようにチャラい挨拶をしてくる。空気を読んで欲しい。笑っちゃうじゃないか。
『あれ? ソラっちはいつも通りとして、エルフの兄さんもいる』
「ガウガウガウ!」
「ホムラくん、呼び方が不満だってソラが言ってるよ?」
『いいじゃないすかー。可愛くて』
言い訳がミスティス先生と同じだ。可愛いは正義だね分かります。
「じゃあ私のことも可愛く呼んでちょうだい! ミッちゃんとか!」
『え、嫌っす。オレ昔エルフの集団の罠に嵌まって薬の材料にされそうになって以来、トラウマ』
怖ッ! エルフって自然を愛す穏やかな種族じゃなかったのか。
そんな狩ゲーみたいなこともしてるの……?
「ミスティス先生、竜って薬になるんですか?」
「そうね。角は万能薬に、血液は薄めれば魔力回復薬に、鱗は回復薬になるわ。武器・防具の素材としても一級品よ。余すところがないわね」
「おお! すごい、ホムラくん!」
材料の宝庫だ!
『リリちゃんまで酷いっ! 兄さんに似てきちゃダメ!』
「ええ!? ごめんね。訊いてみただけだから……」
「飽きたらバラすか」
『ひえぇぇぇ……!』
ガクブルするホムラくんは器用で面白い。薬にされなくてよかったよ。
「そうだ丁度良い。おい駄竜、ここの氷を全部溶かせ」
『えー。なんすか急にー。嫌っすよ、オレ急いでここまで来て疲れたもん』
「もし出来たら好感度が上がるぞ」
『そんなこと言ってどうせ変わんないんでしょー? やる気でない』
「俺じゃない。リリシアのだ」
『めっちゃヤル気出てきたー!』
バサッと翼を大きく広げ、空に向かって咆哮を上げるホムラくん。
言語翻訳されなければきっと荘厳な光景だろう。でも喋ると残念なホムラくんが私は好きです。
「随分と好かれてるわねぇ」
「将来的に魔物の楽園とかつくりたいです」
そこでモフモフに埋もれて暮らしたい。
『兄さん! もうやっちゃっていいすか!?』
「結界を張るから待て。お前、際限なしに焼き尽くしそうだからな」
『早く! 早く!』
ボワッと口から炎の吐息を出しながら、ホムラくんが催促する。
兄様はそれを舌打ちで返すと無言でパチンと指を鳴らした。
途端に半透明のドームが広大なドッグランもどきを丸ごと覆う。
一瞬で見事な防御結界が完成した。
む、無詠唱ですか。こんな広範囲を……。
「リリ、兄様のところにおいで」
「?」
疑問に思いながら従えば、お馴染みの縦抱っこ状態へ。なぜに?
「リリは攻撃系魔法無効だが、慣れていないから怖いだろう。目を閉じていろ」
い、イケメン……!!
「兄様大好き!!」
思いっ切り抱きつく。
もうダメだ。生涯ブラコンでいることをここに宣言します!
「おい、もういい――」
「ちょっと待って兄様! ソラとミスティス先生が!」
「ああ。そういえばいたな」
「ディートくんてば焼き殺す気!? 結界張られたら出られないじゃない!」
「ガウッ!」
結界の中にいる人は、張った人の許可なしには外に出られない。
このままここにいたら、攻撃系魔法無効でないソラとミスティス先生は大惨事だ。
「自分で何とかしろ」
「やだこの子。リリシアちゃんにしたこと根に持ってるのね!?」
『兄さん、まだ!?』
結界の上限ギリギリの高さを旋回しながらホムラくんが催促してくる。
それでも兄様は無言。
「もう! 人が張った結界の中で結界を張るのってしんどいのよ!?」
時間がないと思ったのか、ミスティス先生は文句を言いながらもソラに近付き詠唱を開始する。
「……【我が身に宿る魔力よ、意志に従い我と此の者を守れ。結界!】」
すぐにミスティス先生とソラの周りを半透明な膜が覆い、結界が完成した。
おお! さすが先生!
すごい簡単にやっているようにしか見えなかったよ。
「ミスティス先生、ソラをお願いします!」
「結界が耐えられなかったら、そこのドSお兄ちゃんに文句言うのよ!」
待って。その可能性は考えてなかった。
「に、兄様。ホムラくんの魔法の威力って……」
「怖くなければ見てみるといい。ギュオホムラス、やれ」
『待ってましたー!』
ギュンッとスピードを上げ飛ぶホムラくん。
次第に身体全体が赤く燃えるような色へと発光していく。
『焼き尽くせ! 【煉獄の暴虐!】』
ホムラくんが叫んだ直後。
けたたましい衝撃音と爆風が辺りを支配した。
耐え切れず反射的に目を瞑る。
爆風が治まり目を開けた時には、地獄のような光景が広がっていた。
ここに存在することを許さないかのように燃え盛る炎。
ホムラくんの背丈をも超える火柱が、辺り一帯隙間なく地面から立ち昇っている。
視界いっぱいが紅蓮の暴威だ。
こんなものをマトモにくらえば回避はおろか防御も不可能だろう。
そう思わせるほどの、圧倒的な大規模火魔法だった。




