54話 答え
嫌だ殺す壊す殺す殺す殺す……!
呪いのように負の感情と破壊衝動が頭の中をグルグルと駆け回る。
その欲望に身を任せ、己を解放した途端。
ブワッと何かが全身の内側から外へ向かって迸るのを感じた。
これが魔力なのだろうか。
……分からない。何でもいい。
今は無性に破壊したくて堪らない。
「リリ!!」
……? なんで兄様の声がするの? さっきまでいなかったのに。
まあいいや。
――先生を殺すのが先だ。
「もういい! 落ち着け!!」
両腕を掴まれ揺さぶられると、ノイズの混じったような視界に兄様の焦った顔が映る。
「何がいいのですか? 邪魔をしないでください」
「リリが見たのはただの幻覚だ!」
「嘘です。だって首が……ソラの首が!!」
「このままじゃお前の魔力干渉に巻き込まれて本当に死ぬぞ! だからやめろ!」
何を言っているの兄様?
それになんで寒期でもないのに、白い息を吐いてるの?
「ガウッ!!」
混乱しているとソラの声がした。
……あれ? なんで?
「ガウガウッ!!」
一生懸命に吠えるソラの声が止まらない。
手の平にすり寄ってくる暖かい毛並みも感じる。
「ソラ……?」
「ガウッ!!」
何度も力強く吠えるソラの声を聞いている内、次第に頭が冷静になってくる。
徐々に視界のノイズが晴れクリアになると、ソラの元気な姿をハッキリと捉えた。
千切れたはずの首が繋がっている。
「ソラ!!」
いつもみたいに首元に抱きつけば、どこも怪我した様子がない。
埋まるようなフワフワの毛並みもいつも通りだ。
「よかった……!」
「ガウゥゥ」
ソラからは暖かいお日様の匂いがする。すごく落ち着く。
……ん? じゃあさっき私が見たものは何だったの?
確かにソラが酷いことになっていた。
「って、なんだこれ!?」
ソラの悲惨な光景が転がっていたはずの地面を見れば、いつの間にか砂地が一面氷に変わっている。
「リリシアちゃんが解放した魔力の影響よ」
「せ、先生……」
白い息を吐いて寒そうにしながらミスティス先生が説明する。
「ごめんなさい。幻覚が過激すぎたみたいね……」
「幻覚?」
「ええ。実際にするわけにはいかないから、精神操作の薬で煽らせてもらったわ。何かとても嫌な光景を見たでしょう?」
めっちゃリアルでしたよ……!
「薬って……あの小瓶ですか?」
「そうよ。こうなって欲しくないと日頃から思っている幻覚を見せて、精神に負荷を与える薬よ。理性も飛ばしやすくなるから攻撃性が上がるの。騙して飲ませてごめんなさいね」
今度から口にする物には気を付けよう。
「どこからが幻覚だったんですか?」
「一瞬、視界がグラつかなかった? それ薬が効いた証拠よ」
なるほど。別人のようだと感じた先生は、すでに幻覚だったのか……。
「ミスティス先生、酷すぎますよぉ……」
本気で絶望した。
効能通り理性をフッ飛ばすくらい。
「うっ……。もうしないわ! 約束!」
「絶対ですよ!」
二度と御免だ。
めちゃくちゃ怖かった。
ソラを失ったと思ったことも。
オネェじゃない狂気を孕んだ先生も。
破壊と殺人欲求に支配された自分も。
私、理性を失くすとああなるの……?
あんな、もの凄く暴力的な思考に。
……私の精神は魔族である身体とこの世界に、染まりつつあるのだろうか。
「リリ? どうした? 気分が悪いのか?」
俯きがちになった私を心配するように、兄様が声を掛けてくる。
「いえ、もう平気です。そういえば兄様はなぜここに?」
授業の前にはいなかった兄様はいつ来たのだろう。
「リリの魔力が暴走している気配を感じて、心配で見に来たのだ」
おぅふ……。
「そ、そうでしたか。どうもすみません」
「これで二度目だ。リリは兄様を早死にさせたいのか?」
「とんでもない! 未来永劫生きて欲しいと思っています!」
「さすがにそれは無理だぞ……」
ですよね。
魔人は長命種ではあるけど、不老不死じゃない。
でもそれくらい生きて欲しいとは本気で思っている。
「それでミスティス先生。結局、私の魔力量は……?」
「心配しなくても量・質ともに充分過ぎるものよ。魔力が具現化したオーラの影響で、こんな有り様になるくらい」
コンコンと凍った地面をつま先で蹴るミスティス先生。
辺りを見れば視界いっぱいが氷の世界と化していた。
 




