43話 五年越しの告白
「ほ、本当にソラ……?」
見慣れた特徴は全て一致しているのに、目の前の光景が信じられない。
狼の名残は耳と尻尾、笑うと覗く牙だけ。
顔も手足も完全に人そのもので、体毛は一切なくツルリとしている。
まるで最初から人だったみたいな風貌だ。
「そうだって言ってる。だから泣くなよ」
ソラと思しき少年はちょっと困ったように眉尻を下げると、私の頬を伝う涙をペロリと舐める。
「ッ!?」
「ん、泣き止んだ?」
ビックリして涙も止まった私に気を良くした少年ソラは、反対側の頬もペロペロと舐めてくる。
うわああああ!?
その姿でされると恥ずかしい! 知らない人みたいで!
「ちょ、ソラ待って! ストップ!!」
「なに?」
「は、恥ずかしいからもういい」
「? いつもしてる」
「ビジュアルが違う!」
「中身は一緒なのにダメなのか?」
「ちょっと無理です……!」
私の中でソラと言えば、モフモフの体毛が最高キュートな天使だ。
かたや目の前のソラは、ほぼ人の超美少年。
なかなかイコールで結びつかない。
「リリ、顔が真っ赤だ。可愛い」
まるで愛おしいものでも見るように、ソラが優しく見つめてくる。
いやマジで待って。
ソラって喋るとこんな感じなの?
なんか思ってたのと違う! もっと純朴なヤンチャ少年を想像してたよ!
誰このリア充臭溢れるプレイボーイ!
これじゃ天狼っていうか、女の子襲っちゃうぜ的な狼じゃん!
うちのベタ甘スキンシップ家族を見てきたからこうなったの……?
「リリ? オレどこか変? ジッとこっち見て」
「……ううん。ソラも喋ると感じが違うなって思っただけ」
ホムラくん以来の衝撃だ。
言葉が通じない相手だと、勝手に人物像を頭で補完しちゃうからかな……。
「ガッカリした?」
落ち込むとへにょんと耳を垂れさせるところは何も変わっていない。くっ!
「ガッカリじゃなくて、正直……ちょっと戸惑ってる」
「そっか。オレも喋るのも身体もまだ違和感あるし、リリもその内慣れるよ」
慣れるのこれ? 先に私の心臓が悲鳴を上げそうだよ。
「あれ? そういえばソラ、人型になったばっかりなのに、話すの凄く上手だね?」
「オレもそこは驚いてる。普通はもっと片言になるはずだ。こんなにすんなり話せると思わなかった。どうなってるのか、よく分からない」
「ええ……? どこか痛いところとかないの? さっきもすごく苦しそうにしてたし。大丈夫……?」
「もう平気。最初はこんなの無理だろ死ぬって思ったけど、何回かやってコツも掴んだし。これでいつでも変化できる」
そういうものなんだろうか?
参考資料がないから何とも言えない。
生態に詳しい人もいないし、そもそも医者だってこのお城にはいない。
魔族は病気にならない上、怪我は治癒魔法が使える軍人さんがいる。
最悪、蘇生までやっちゃう母様がいるから専門に雇うことはしていないのだ。
「…………ソラ、なんでそんなに頑張ってくれたの? こうやって話せるのは凄く嬉しいけど、同じくらい心配したよ」
「……だってリリと直接話したかったから」
モフリたいのにモフれないジレンマ……!!
習慣的に抱きつこうとして、今はダメだと襲う直前踏み止まった。
「? いつもみたいにギューッとしてくれないのか?」
「そ、その姿だとなんか抵抗がある」
しかも今裸だし。シーツで隠れてはいるものの犯罪臭がする。
「なんだ残念……。て言っても、そろそろ狼に戻りそう」
「え、もう?」
「最初だからあんまりもたない。練習していけば人の姿でいられる時間も長くなるはずだ」
「な、なるほど」
その日が来るのが楽しみなような怖いような。
一日ずっと人の姿で傍にいられたら、私は動悸と息切れで死ぬかもしれない。
「リリ」
アホな妄想を繰り広げる私を、ふいにソラが真剣な声で呼び戻す。
「ん? なに?」
「初めて会った日、噛み付いてごめん。痛かっただろ」
「あー……」
ソラと初めて会ったのは、五年も前。
知らない場所に連れて来られて警戒したソラに、噛まれたのだと思い出す。
「もう忘れちゃったよ。それよりこっちこそ父様が無理矢理連れてきてごめんね。すごく今さらだけどさ……」
「オレのことはいい」
「いやよくないよ!?」
「いいんだ。リリに会えたから」
プロポーズですか? いかん、またアホな妄想が。
「オレが居たところに居場所なんてなかったんだ。それを連れ出されてリリに会えて、……リリは自分が傷ついてまでオレを守ろうとしてくれた。初めてここに居たいって思える場所ができたんだ」
ソラは逸らすことを許さない強い眼差しで私を見る。
「だからリリ」
「は、はい」
「ずっと一緒、に……い……ガウ」
目の前にモフモフ天使降臨。
タイムアウトーーーーッ!!
ソラの身体はしゅるしゅると徐々に変化していき、あっという間にいつもの天狼へと戻ってしまった。
あとちょっとじゃん!! いいところで次週に持ち越すアニメか!
「…………ガウゥゥ」
本人めちゃくちゃしょんぼりしてるよ! 可愛いな!
私は堪らなくなって、いつも以上にモフった。
照れ隠しも込めたのは内緒だ。




