41話 鬼の目にも涙
鬼だ。
鬼がいらっしゃる。
「そんなクソみてぇな攻撃で相手が倒せると思ってんのか!! オレが敵なら百万回は死んでんぞ!!」
「ぐはっ……!!」
みぞおちに拳がめり込みブッ飛ばされる軍人A。
「てめぇは初動が遅ぇ!! 寝てんのか!!」
「がっ……!?」
頭を掴まれ床に叩きつけられる軍人B。
「背後から来んなら殺気ぐらい消せアホが!!」
「ッ……!!」
奇襲を仕掛けたつもりが逆に投げ飛ばされ喉笛を踏まれる軍人C。
なんやこれ。
思わず謎の関西弁になってしまうほど精神が混乱した。
教官モードの将軍怖えぇぇぇ……!!
無理無理! こんなとこ入って行けませんって!
訓練中のバルレイ将軍はマジもんの鬼だった。
比喩表現ではなく、額の両側に黒く鋭い角が生えている。
あれだ。般若みたいな感じの角の黒いバージョン。
鬼人は精神が戦闘モードになると角が生える。
まるで相手を威嚇するかのように。
見たいとは思っていたけど、言動が怖過ぎて素直に喜べない……。
格好良いんだよ? 似合ってるし。でも怖い!
「出直そうかな……」
いやいや、何をしに来たのだ自分! ビビってる場合じゃないぞ!
「とはいえ休憩時間まで待とうか。訓練の邪魔しちゃ悪いし」
「ガウ」
中には入らず通路の隅でソラと座る。
その間も怒号や衝撃音がひっきりなしに聞こえてくる。
この建物よく壊れないな……。
魔法で耐性を上げているとしても限度があるだろう。
あと軍人の皆さんの心身の強さにも感心する。私には無理です。
「よし、半刻休憩!」
あまり待たない内にバルレイ将軍が休憩の合図を出した。
おっ。では行きますか。
立ち上がりドレスの裾をはたいていたら、バンッと思いっ切り訓練室のぶ厚い扉が開かれた。
現れたのはバルレイ将軍。
「バルレイ将軍、お久しぶわぁあ!」
言い切る前に気付いたら将軍に抱き上げられていて、変な悲鳴を上げてしまった。
い、いつの間に……! 全然見えなかった。
「リリシア……! すまなかった……!」
角を生やしたままの将軍は、さっきの人と同一人物とは思えないほど悲痛な顔で私に謝罪をしてくる。
「いえ謝るのは私の方です。将軍はその場にいただけなのに、二度も殺されて蘇生されたって聞きました」
今こんなに元気なのが嘘みたいな所業だ。
「謝って済む問題じゃないですが言わせてください。私の迂闊な行動のせいで、言い表せないほどの迷惑を掛けました。本当にごめんなさい……」
「それはオレのセリフだ。幼子が無茶をしようとしたら止めるのは大人の責任。ましてやきっかけを作っちまうなんて論外だ。本当にすまねぇ」
「いいえ悪いのは私です!」
「いやオレだ」
「私だって言ってるでしょ!? この鬼紳士!」
「黙んねぇとその可愛い唇塞ぐぞ。オレの口で」
「ガウ!」
お互いに一歩も譲らない変な状況を打破したのはソラの一吠え。
お酒が入った包みを咥え直すと将軍の脚にグイグイと押し付ける。
「そうだ。お前にも悪かったな……って、何だそれ?」
「お酒です。私のお詫びの品なので受け取ってください」
「はあ!?」
「お手伝いして買いました。過剰賃金だったので、あまり苦労した感がないのが残念ですが……」
それでも気持ちは本物。
だから景気良く受け取って欲しい。
「って、泣いてる!?」
バルレイ将軍の鋭い瞳から、不釣り合いな涙が溢れては流れている。
「しょ、将軍!? なんですか目に睫毛でも入りました!?」
「バカ野郎。んなわけねぇだろ……」
はらりはらりと綺麗な涙は止まらない。
うん、まあ本当は分かってるよ。
手が塞がっている将軍に代わり、ドレスの袖でごしごしと拭う。
「泣かないでください。将軍はいつでも強くてワイルドでいてくれなきゃ」
バルレイ将軍は目を大きく見開いて一瞬驚いた後、ニヤリと不敵に笑ってみせた。
いつもの傲岸不遜な笑顔に見えるように。
「千年早ぇんだよ」
角が生えたバルレイ将軍は、ワイルドさが増してやっぱり格好良い。
私と将軍は顔を見合わせて笑った。
第一章・完です。二章に続きます。
二章はソラが人型になったり、リリシアが魔法で戦ったりもします。
よければお付き合いください。




