39話 働く父は偉大というレベルを遥かに超えて心配
大金貨四枚を手にした私は、またしても悩んでいた。
なぜかって?
外出許可が出ないからだよ!
これじゃあ買い物ができない。横暴だ!
一緒に行ってくれそうな兄さまは、勝手に火竜を連れ帰ったことでノイン参謀に絞られている。予算がどうとか世話がどうとか、捨て犬を拾ってきた子どもと叱るお母さんみたいになっている。
件の火竜――ホムラくんが『オレ家壊された挙げ句に捨てられちゃうの!?』と、ショックを受けていたのが印象的だ。
ホムラくんが隣国のツバク共和国を襲っていたのも、家の材料を集める為だそう。
と言っても本当に襲撃していたわけではなく、姿を見せた時点で国中の人が勝手に阿鼻叫喚の地獄絵図となっていただけらしい。
ホムラくん的には端材や不用品などを分けてもらいたかったらしいのだが、人間には言葉が通じないとかで、ただ雄叫びを上げてる感じに聞こえていたようだ。
じゃあわざわざ人間の国に行かなくてもいいじゃないかと思うんだけど、ツバク共和国は商人が集まる国。物が豊富なのだ。
一ヶ所で色んな物が手に入るならそこで、と考えたらしい。
細かい加工品もドラゴンの手じゃ作れないからね。
「リリシア様。お手が止まっておられますが、如何なさいました?」
ティーカップを目の前に考え事をしていた私を、執事のメルローが心配そうに見てくる。
「御気分に沿わない紅茶を出してしまいましたでしょうか……」
「ち、違うよ。メルローの紅茶は絶品です!」
前世で紅茶嫌いだった私が美味しいと感じるぐらいだ。
なんか独特のクセが駄目だったんだよね。抹茶は好きなのに。
「では御気分でも?」
「ううん。ちょっと考え事……というか悩み事?」
「それはいけません。よろしければ、わたくしに御相談くださいませんか?」
スッと膝を折り、私の手を両手で優しく取るメルロー。
相変わらず素敵なおじさまである。
と思っていたら、足元で丸くなっていたソラがスクッと立ち上がり、手を取り合っている私たちの上にフンスと鼻先を乗せてきた。な、なんだそれはー!?
「おや。まるで手を放せと言わんばかりですね」
「え、そうなの……?」
「愛する女性が他の者に触れられれば、男でも嫉妬するものでございますよ」
なんか壮大な話になったぞ。
私的には「いーれーて!」だと思うのだが。とりあえずモフった。
「それでリリシア様は何を御懸念されていらっしゃるのでしょう」
「そうだった。私買い物に行きたいんだけど、外出許可が下りなくて……。連れて行ってくれそうな人もいないんだよね」
「城の外、でございますか。それはわたくしではお力になれそうもないです」
「メルローは駄目なの?」
「はい。初めての外出は、旦那様がお連れすると息巻いておられましたから」
父さまーーッ!!
「……メルロー。父さまの休日っていつ?」
「ございません」
「は!? 嘘でしょ!?」
「基本的にございません。毎日山のように人間から届く依頼・苦情の処理、多種多様な魔物の把握及び監視、国内には常に目を光らせ反逆の芽を摘む。気が休まる時はそうないかと」
なにそれ社畜なんてレベルじゃない。
社贄だ! もうそれ生贄!
「知らなかった……」
「そう見せないのが旦那様の素晴らしいところでございます」
「感心しちゃ駄目だよ!? 改善しようよ!」
そんなの過労死まっしぐらだ。
魔王が過労死って死因が前代未聞すぎるだろう……。
もう買い物行きたいとかワガママ言ってる場合じゃないなコレ。
「分かった。買い物は行商を頼むなりするね」
そして一刻も早く業務改善を!




