38話 気に入らないあだ名ほど不名誉なことはない
『リリシアちゃんって言うんすかー。お兄さんに似てなくて可愛いっすね!』
「兄さまは格好良いだからね!」
『やばい天使がおる』
「俺のだ。今すぐ殺して本物の天使に会わせてやろうか?」
『やばい悪魔がおる』
しかしこのドラゴン、話せば話すほど私のツボを突いてくる。
なんというか、近所の兄ちゃんって感じ。めっちゃフレンドリー。
特異個体ってやっぱり変わってるのかな?
普通のドラゴンって絶対こんな感じじゃないよね……。
「はっ! ていうか、前に兄さまが家壊しちゃってごめんなさい!」
喋れるという事態に興奮して、肝心なことを忘れていた。
喜ぶ前にキッチリすべきことがあっただろう自分。
『あー。まあ、しょうがないっす』
「怒らないの?」
『怒ったところで敵わないっすからね……』
パワーハラスメント(物理)が酷い。
「本当ごめんなさい……」
『もういいんすよー。家は兄弟がなんとかするっす。一人も殺されなかったんで、そこは感謝してるっすね』
「ドラゴンさんの方が天使だ!」
どう見たってラスボスなのに善良すぎる!
「リリ、目が悪くなったのか……!?」
「ガウ……!」
「兄さま、私は正常です。なのでそんなに動揺しないでください。ソラも落ち着こうか。グルグル回ってるの可愛いけど」
そしてプルプルと悶えて喜んでいるドラゴンも可愛い。
「ドラゴンさん。名前、教えてくれる?」
魔物が名を知られたからといって、他者に縛られることはない。
この世界はあくまで武力至上主義。
だから友人帳という夢のアイテムは作れないのである。残念。
『オレはギュオホムラスっていいます! 好きに呼んでね!』
ギュオホムラスか。
んー……、ギュオくん。いや、せっかく名前に入ってるならこっちかな。
「ホムラくんって呼んでいい?」
『いいけど、変わった呼び方っすね?』
「ホムラって炎を指す言葉なんだよ。火竜だから似合うかなって」
あれ? でもあまりいい意味じゃなかったっけ?
『おお! 気に入ったっす! ぜひそれで!』
うーん。まあ本人が気に入ってくれたならいいか。
『じゃあオレはリリちゃんて呼ぶっす!』
「うん、いいよ!」
『兄さんはディーくんで!』
「ふざけるな焼き殺すぞ」
火竜を火刑宣言!?
確かに兄さまは火属性が一番相性良いけど、同じ属性同士って……あ、マジで言ってますね。
「畏敬の念を込めてディートハルト様と呼べ。隷属した時にも軽々しく呼ぶなと言ったはずだぞ」
『長いっす』
「では死ね」
極論!
『もー、短気なんすから兄さんは』
「誰が兄だ。大体、貴様の方が三十倍も年上だろうが」
さ、三千歳なんだ……。こんなチャラいのに。
『いーや決めたっす! もう兄さんて呼ぶもんね!』
「よほど死にたいらしいな……?」
やばい本気で殺しかねない勢いだ。止めねば!
「に、兄さま! 眉間にシワ寄せちゃ駄目です。綺麗なお顔に痕ができますよ?」
秀麗な眉間をぐいーんと伸ばす。
こんなことしても美形とかズルいな。普通だったら絶対変顔だよ。
「……綺麗か?」
「はい。老若男女落としまくりの超絶美形です!」
「他のやつはどうでもいい。リリはどう思っている」
「好みドストライクですね」
「分かった。もうしない」
『兄さんチョロい』
「何か言ったか……?」
『いえ何も言ってないっす!』
「次に無駄口叩いたら、一生喋れないように命令してやるからな」
『ひぇぇ……!』
うん、存外いいコンビのようだ。コントみたいで。
そしてホムラくんがソラのことを『ソラっち』と呼んで、どつき漫才ならぬ噛み付き漫才に変わるのはすぐ後の話。
 




