32話 好条件には裏がある
父さまのマッサージ代に大金貨一枚を貰ったよ! やったね!
どう考えてもぼったくりだろう……。
父さまのポケットマネーだけど、対価が見合ってなさすぎる。
なので今後はいつでも無償ですることを約束しておいた。泣かれた。
さて、お次は母さまの元である!
「……母さま、これは一体」
「結界を張る練習をしているのよ?」
場所は鍛錬場一階。
全面真っ白な何もない広い空間だ。
目の前に並ぶのは、額から汗をダラダラと流し苦悶の表情を浮かべている二十人の軍服姿の男女。
彼らは城勤めの軍人である。
うちにも人間で言うところの王国騎士団みたいな軍隊があるのだ。
その名も魔王直属軍。
バルレイ将軍を頂点とし、総勢百一名の少数精鋭。揃いの黒い軍服が格好良い。
その一員である彼らは現在、自身の周りに半透明なドームを纏っている。
そして母さまはその人たちに向かって様々な属性の攻撃魔法を笑顔で浴びせ続けているのだ。
ご、拷問では……?
せっかく鍛錬場に来たのに探検どころではない。
怖くて目が離せないよ! 死人が出そうで!
「困ったことになかなか上達しないのよねぇ」
ほぅっと悩ましげな溜め息を吐く母さま。
母さまは得意としているサポート系魔法の指南役をしている。
とても王妃の仕事とは思えないが、そこは魔族。人間の常識では測れないのだ。
「結界は高度な魔法ですよね?」
「そうね。でもそんなこと言っていたら上達しないでしょう?」
意外に結構スパルタ!
「ほら、もう切れちゃったわ」
ぜーぜー言って結界を解く軍人たちを見て嘆く母さま。
あんな魔法の乱舞に半刻(三十分)もってただけでも凄いと思うけど……。
「それで私は何をお手伝いすれば……?」
「リリはお金が欲しいのよね?」
「? はい」
「それも短時間で高収入」
「は、はい」
なんだ。嫌な予感しかしないぞ。
「じゃあ結界の特訓のお手伝いをしてもらえるかしら」
「ぐ、具体的には」
「彼らが張った結界の中にいて、私の魔法に耐えてね?」
やっぱりかああああーーーー!!
そして私よりも絶望する軍人の方々。もうやる前から戦意喪失してる!
「ガウゥゥゥ……!」
私の足元におすわりしていたソラも母さまに抗議する。めっちゃ怒ってます。
「あらあら。じゃあ貴方が代わりにやる?」
「ガウ!!」
「ええええ!?」
母さま実はソラに対して色々根に持ってるの!?
なんか今「得物が掛かった」って感じの黒い笑顔だったよ!?
鍛錬場にソラを連れて行って大丈夫かどうか悩む私に「大丈夫よ。私がついているもの」と聖母の笑顔を見せていたのはこの為!?
「それは駄目です! 私がやりますから!」
「ガウガウ!」
「ソラお願い。お金を稼ぐのは誰かにやってもらったんじゃ、意味がないんだよ」
「ガウ……」
説得すればへにょんと耳を垂らしてしょんぼりしてしまった。
あまりの可愛さにめちゃくちゃモフった。
「ではリリがやるの?」
「はい!」
「うーん、仕方ないわねぇ。お金を稼ぐ大変さを分かってもらう勉強と思えばいいかしら」
頬に手を当て悩み始めた母さま。
なんか葛藤しているので、私は軍人の皆様の元へ行き挨拶する。
「よろしくお願いします!」
「リリシア様、お止めになられた方がよいのでは……」
真面目そうな好青年がオロオロして提案すると、後ろの人たちがブンブンと縦に首を振る。もの凄く必死だ。ヘドバンみたい。
「平気です。皆様を信じていますから!」
もう本気で頼むぞ! 死ぬ気で頑張ってくれ! とは言わず、ニコリと微笑む。
こういうのはプレッシャーをかけると失敗するからね。それは困る!
「「「…………」」」
あれ? 無言になってしまった。お、押し付けがましかった……?
こういうの向いてないなと思ったら、皆さんが一斉に片膝を着いて跪き、臣下の礼を取った。
「「「我らにお任せください!!」」」
おお! 格好良い! 幼児相手と言うのがシュールだけど!
「うふふ。上手くやる気を引き出してくれたのね」
「母さま、お手柔らかにお願いします」
「そんなに肩に力入れなくても大丈夫よ」
「はい?」
首を傾げた私に母さまはそっと耳打ちする。
「リリは攻撃系魔法無効だもの。怪我なんてしないわ」
そうだった……! スポーンと忘れていたよ。
「ごく限られた人しかまだ知らないから、あの子たちには内緒よ?」
ウインクしていたずらっぽく微笑む母さまは小悪魔である。
「でも無効と言っても自分に向かって攻撃されれば、少し怖い思いをするかもしれないわ。そこは我慢してね?」
「わ、分かりました……」
高収入にリスクはつきもの。耐えて見せます!
「はい。では始めましょう」
母さまの一言で機敏に整列する軍人の皆様。
みんなやる気に満ちている。
「時間もないことだし、次は個人ではなく共同で一つの結界を張ってもらいます。制限時間は一刻。リリシアを護衛対象とし、傷一つ付けず守ること」
「「「はっ!」」」
「もし可愛いリリが傷付いたらどうなるか、分かっているわね……?」
母さまもヤる気に満ちていた。殺るき満々。
小悪魔どころかマジもんの悪魔だ!
せっかく気合いに溢れていた軍人たちもガクブルしている。が、頑張ってくれ!
そしていよいよスタートした。




