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31話 参謀

「リリ、もうちょっと強くできるか?」

「了解です。父さま!」


 目下の大きな背中の腰辺りを小さな足で一生懸命フミフミする。

 私は今ソファーでうつ伏せになっている父さまの上に立ち、マッサージ中なのである。

 母さまに相談した結果がこれ。

『じゃあ色々お手伝いしてもらいましょうか』とのお言葉だった。

 まさしく子供がやるやつ。

 ですよね。まあそうなりますよね。

 三歳児に出来ることなんてそうない。地道に頑張るぞ!


「あぁ、気持ちいい……」

 妙に色っぽい声で感想を述べる父さま。お疲れのようです。

 机の上の書類の山をみたら察しはつく……。

 この世界、パソコンなんて文明の利器はない。

 だから書類といえば手書き。しかも羽ペンにインクである。鬼か。


「父さま、私この部屋に入っても大丈夫なのですか……?」

 ここは魔王執務室。

 居住塔ではあるけれど、機密事項が記された重要書類がわんさとある。

 謎の薬品が入った瓶や武具なんかも壁際にズラリと並んでいる。

 あきらかに劇薬っぽいのと国宝級武器の数々だ。

 子どもが気軽に入っていい雰囲気じゃ全然ない。

 ちなみにソラはソファーの下で丸くなってのんびり寝ている。大物です。


「私がいればよい。全ての権限は私にある」

 格好良いこと言ってますけど踏まれてる最中ですよ父さま!


「失礼します」


 引き締まった父さまの腰を踏んでいると、ノックの音と共に誰かが入ってきた。

 ちょっと神経質そうな雰囲気の、アッシュグレーの髪色をした中性的な美形だ。

 こちらへやって来るとヘーゼルの瞳を細め、父さまを睥睨する。

「……何をしているのです」


「ノインか。今天国を味わっている」

「魔王は地獄がお似合いです。引きずり降ろして差し上げましょうか?」

「クーデター断固反対!!」

 聞き捨てならない発言に思わず脊髄反射でツッコんでしまった。

 ヘーゼルの瞳と目が合う。


「お、お邪魔してます。ノイン参謀」

「こんにちはリリシア様。お元気になられた様でなによりです」

 サラリと髪を揺らし優雅なお辞儀をするこの人は、父さまの部下。

 ノイン・レグラス。

 階級は文官の最高責任者である参謀。

 将軍と同じレベルの権限を持っている。

 種族は魔人だ。


「その節は立派なお見舞いの品をありがとうございました」

 ノイン参謀は私が魔力暴走で伏せている時、口に含めば魔力を安定させると言われる魔花――月下の雫をこれでもかってくらい贈ってくれたのである。

 魔花というのは魔力を含んだ花のことで、薬に使われることが多い。

 そのまま食べてもいいらしいけど、私は水出しの茶葉みたいにして、しこたま飲んだ。ちょっと蜂蜜に似た不思議な味で美味しかった。


「いえ。貴方が喜ばれるものが分からず、大したものでなくて申し訳ありません」

 月下の雫は百年に一度しか咲かさない超レアもんらしいよ。

 めっちゃ大したものだよ!

「たった五日で治ったのは月下の雫のおかげだと母さまから聞きました。感謝してもし足りません!」

「そう言って頂けるなら私も嬉しい限りです」

 熱弁をふるう私にノイン参謀が珍しく表情を和らげた。男性だけど美人さんだ!


「グルル……」

 参謀が入ってきた途端に目を覚ましていたソラが、大人しくしていたのに不機嫌に呻る。

 ノイン参謀とは二度目まして。お見舞いに来てくれた時に会ってるはず。


 ソラはバルレイ将軍に「誰かれ構わず噛み付くな」と注意されてからというもの、忠実に守っている。

 何か思うところがあって聞き容れてくれたんだろうか。

 でも敵意は向けるんだよね……。


「君は相変わらずですね」

 ソラをチラリと見遣るノイン参謀。

 相変わらずということは初対面もこんな感じだったんだろう。うなされてたから見てないけど。

「なんかすみません……」

「お気になさらず。天狼は人に懐かない、と聞きますから」

「はい。せめてお城の人たちとは仲良くして欲しいんですが」

「まあそういう性格の種族なら仕方がない面もあります。もう少し長い目で見て差し上げたらよいと思いますよ」

「っ! ありがとうございます!」

 さすが参謀殿! 冷静なアドバイス感謝します!


「私を無視して楽しそうに話すのはやめないか。何の用だノイン」

「ああ、そうでした。陛下と話すより有意義な時間でしたので、存在を失念しておりました」

「お前……」

 父さまとノイン参謀は幼なじみ。これが通常運転だよ。

「ツバク共和国から火竜が暴れているからなんとかしろ、とゴミの分際で苦情を再三申し立ててきております。如何致しますか」


 ツバク共和国は西隣にある国だ。

 商人の聖地とも言われ、世界中から商人が集まる商業国家である。

 食物から武器まで品物は豊富だけど、国自体の軍事力は無いに等しい。

 軍事費用にお金を掛けるより、いかに経済を発展させるかに重きを置く商魂逞しいお国柄。

 世界各国に貿易相手がいるので自国が攻められることはないと、高を括っているとかなんとか。やんなら品物止めんぞコラァみたいな感じだろうか。


 ドワーフの国がうちと反対側の隣にあり、そこで造られた武器を仕入れて売っているから強気らしい。

 まあでも魔族はそんなものお構いなしにブッ潰せるので、その基準にしたらゴミレベル……なのか?

 いやでもゴミは言い過ぎでしょう!


「火竜か。……まさかディーが巣を潰した影響ではあるまいな」

「そのようなことが?」

「ネイデル王国の護衛任務を与えたら、腹いせに潰して帰ってきたのだ」

「なるほど。同一個体かはディートハルト様にしか分かりませんね。というか、何故私に報告が上がってきていないのでしょう」

「ディーの依頼達成報告書に記載されていなかったのか?」

「いないから質問しているのです」

「お前からの小言を避ける為に省略したな……」

 なんだか真面目なやり取りだけど、父さま私にまだ踏まれているからね。


「ではディートハルト様に責任を持って行って頂きましょう」

「そうだな。何かあれば自己責任だと言ってある。あやつに行かせろ」

「承知致しました。ではこちらの依頼書に目を通して頂きサインを」

「うむ」

 伏せたまま書類を受け取り黙読を始める父さま。

 何が書いてあるのか気になる……!


 好奇心に勝てず、父さまの背を四つん這いでソロリと進む。素晴らしい背筋だ。

 特に注意されなかったので、父さまの頭の上から書類を覗き込む。

「報酬が大金貨一千万枚!?」

 書かれていた数字のゼロの多さに思わず大絶叫した。


「何を驚いているのだ?」

「だ、だって一千万ですよ!?」

「竜種討伐依頼にしては随分ケチ臭いが」

「ええ。ゴミの分際で小賢しい限りです。いっそ放置して壊滅寸前のところをふっかけますか?」

「それはそれでネチネチと言ってくるのだろう。面倒だ」

 一国の行く末が面倒臭さ基準で決まってるよ! いいの!? よくないよ!

 いつもこんな感じで会議しているんだろうか……。

 うちの国力がヤバい。


「まあそうですね。相手をするのも時間の無駄ですし、さっさと済ませましょう」

「ではこれで進めてくれ」

「確かに承りました。ところで陛下」

「何だ」


「先程から顔が緩み過ぎです。見るに堪えません」


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