23話 普段の魔族
「……その子が噂の天狼?」
「……小さいね~」
待望の図書館にやって来た。
そうしたら中に入る前に、司書であるリドくんとセリちゃんに捉まった。
ソラの一件はごく一部で噂になっているとかで、この二人にも知られていたからである。
渦中のソラは私の部屋に置いてこようとしたんだけど、ついて来るときかなかったので連れて来ている。今、私の足元で警戒態勢。
どこでもド……もとい転移魔法陣にダメ元でソラと一緒に乗ったら、ソラも来れたんだよね。私が寝ている間に母さまが設計し直してくれたのかもしれない。
確か番犬とか言ってたし……。
「……随分懐いてる」
不思議そうに小首を傾げるリドくん。
ソラも警戒してはいるが呻ったりしない。リドくんに敵意がないからだろうか。
「なんやかんやありまして仲良しです」
「……そう。もうしちゃ駄目」
「ガウ……」
「……メッ! だよ~」
「ガウ」
なんだこの癒される空間。ここは天国か。魔王城だよ。
「この子ソラって名前なんだけど、一緒に入ってもいい?」
魔物がこの図書館に入ったことはないはずなので訊いてみる。
なにせお城に一匹たりとも居ないのだから、前例もないだろう。
連れて来たはいいけど、もし駄目だったら出直そうと思う。
「……他の人に噛み付いたりしなければ構わない」
「……できる~?」
「ガウ!」
心得たと言わんばかりにソラが吠える。元気で可愛い。
「……でもリリシア様。天狼は珍しい魔物だから、中に入れば目立つ。色んな気に当てられて暴れたりするかもしれない」
「え、そうなんだ……。抱っこしてればいい?」
三歳児の私でもソラはまだなんとか持てるサイズだ。多分かなり無理な感じにはなるだろうけど。
「ソラ、ちょっとごめんね」
試しにやってみる。う、意外と重いな。これは厳しいぞ……。
「「……」」
リドくんとセリちゃんも無言だ。無言でガン見してくる。
「……持って帰りたい」
「……だよね~」
「だ、駄目だよ!? ソラは渡さないよ!?」
「……リリシア様ごと」
「兄さまに殺されるよ!?」
「……だよね~」
笑顔で頷かれた。兄さまのシスコン公認度って一体。
「……ソラ。俺が触っても平気?」
「ガウガウ」
リドくんが抱っこしてくれる気なのか、ソラに伺いを立ててくれる。
でもソラはちょっと不満そうだ。
「……じゃあセリは~?」
「…………ガウ」
しょうがない感満載に吠えるソラ。いいじゃないか美少女だよ?
「……決まり~。ソラはセリが抱っこする~」
ヒョイッと空き缶でも持ち上げるくらいの軽さで抱き上げるセリちゃん。
ソラは最初こそジタバタしていたものの、結局豊満な胸に落ち着いた。
うむ。そこには逆らえまい。
「……入ろうか」
「うん。セリちゃん、ありがとう」
「……いいよ~。ふわふわだね~」
「……俺も触りたい」
すまぬリドくん。ソラは男の子なんだ……。
いつもの扉を開け中に入った途端、和やかな空気が一変した。
魔力感知なんて出来ない未熟な私ですら、あちこちから刺さるような不快な気を感じ、思わず全身がゾワッと粟立つ。
なにこれ気持ち悪い……!
興味・警戒・欲望・嘲り・嫌悪・威圧、色んな気配をした得体の知れない何かに、背後から覗かれているような錯覚を起こして足が竦みそうになる。
これがソラに――というか魔物に対する魔族の反応……!?
「……ね。言ったでしょ?」
味わったことのない感覚に固まってしまった私を、さっきのセリちゃんみたいに軽々と抱き上げるリドくん。
情けないことに、めちゃくちゃホッとしてしまった。
「リドくん。ありがとう……」
「……そんな可愛い顔してると、攫うよ?」
「ぅえっ!?」
「……冗談。まだ死にたくない」
な、なんだ私を落ち着かせる為のジョークか。やられた。でも少し気が緩めたよ。
「グルルルル……!」
ソラもこの不穏な空気を感じたのか、聞いたことのない声で呻っている。
不機嫌MAXだ。すごい眉間にシワが寄ってる。
「ソラ、大丈夫?」
「ガウ!」
心配になって訊いてみれば力強い返事が返ってきた。
呻りはしたけど暴れる様子もない。すごい。ソラは強くて良い子だ。
「早く済ませるね」
「ガウ」
「……よしよし、エライね~」
優しくソラを撫でるセリちゃんは、やはりお姉ちゃんみたいだなと思う。
ソラをお願いします。
「リドくん、天狼に関する本が読みたいんだけど」
「……分かった」
いつものように迷わず進むリドくん。
だけど不快な気配は治まることなく、追尾するように纏わりつく。
今日の図書館は人が少ない方だ。軍服の人、私服の人、みんな普通にしていて、あからさまにこっちを見ている人はいない。
それなのに探るような気配は止まない。
すごく不気味。
「……平気?」
「う、うん。大丈夫……」
サクッと読んで帰ろう。
一歩、二歩。
リドくんが進む度、どんどん不快感が増していく。
…………っ、ダメだ。
本を読みたいという気持ちを塗り潰すように、脳が勝手に帰還命令を出してくる。
リドくんのシャツを握る手にも力が入り、冷や汗が滲んできた。
「やっぱり帰りたいかも……」
こんなんじゃ何を読んでもきっと頭に入らない。
それどころか本を選ぶ余裕もない。
ソラには悪いけど、留守番してもらって出直したい。
「……みたいだね」
リドくんは私の頭を撫でると来た道を戻る。
ほんの少しの道のりが、もの凄く遠く感じた。




